宇宙からの警告
ソラカラノケイコク
今日は空が変だ。
由生はそう思いながら家路へ急いでいた。
彼は近所で変わり者として有名な中学生だった。だが別段に変な行動をしたり、奇抜なファッションをするような子ではない。ただただ人を遠巻きに見るその性格が、彼を『変わり者』として風評したにすぎない。
実際の彼は、ただの地味な男子だった。
家の近くの公園まで帰ってきて、由生は帰るのを止めることにした。
この公園のあるベンチは由生のベストプレイスだった。公園とはいえ地味に広く人通りは多くない。その真ん中におおきな楠木がどっしりと生えている。
その根元にある古いベンチに由生は鞄を投げた。ほとんど空の鞄は金具の音がカチャカチャ言っただけでほとんど無傷でベンチに座っている。後はいつもどおり由生が隣に座るだけだ。
空が喋った気がして、空を仰いだ。
冬空は葉に覆われてまだらにしか見えない。独特の香りがする葉がひらひらと落ちてくる。
風もないのに葉がぶつかり合う音が耳に響いた。
「何やってんの?」
由生の鞄の上に少女が乗っていた。どうやら落ちてきたらしい。
少女は大きめの瞳で由生を見ると何か考え出した。あれは人の顔を思い出そうとする人がよくする表情だった。
「思い出した! 変な人ね!」
「変わり者はよく言われるけどそれは初めて言われたよ、筒路さん」
筒路紗希は由生のクラスメイトだ。彼女は学年上位の『カワイイ子』だったが、由生は何となくそう思わなかった。紗希のかわいくなりたいという必死さが由生は苦手だったからだ。だがこの筒路紗希はいつも雰囲気が違う。
「あれー? 私の名前を知っている? なのに私のデータベースには『変』しか載ってないよ君」
「それは残念。それより僕の鞄から降りてくれない?」
紗希はお尻の下のものに気づくと飛び跳ねるように慌てて横にずれた。鞄は相変わらず無傷だが、空気が抜けてぺしゃんこだ。
「ごめんなさい!」
「いいよ。いいからあっちとかそっちに行ってくれない?」
「由生ー!」
友人の貸渡が大きな声で手を千手観音のように振りまわしながら走ってきている。こういうときの貸渡がパニックになっていることを、由生はよく知っていた。
「由生! 由生じゃないか! 実はカクカクしかじかでチデジカなんだ!」
「ごめん。意味わかんない」
「あ、貸渡くん! ヤッホー」
「紗希ちゃん! 紗希ちゃんじゃないか! よかった、楠木くさい」
「楠木から落ちてきたからしかたないよ。貸渡は筒路さんに用なの? じゃあ僕はこれで」
由生は鞄を掴むと何食わぬ顔で公園の出口へ足を向けた。貸渡は慌てて由生の真ん前に立ち塞がった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」
「邪魔なんだけど」
「お前も一緒に手伝ってくれ!」
「嫌なんだけど」
「頼む! 一生のお願いだ!」
面倒だと、それしか感想を持てなかった。
それでも断る理由も特にないので、数少ない友達に付き合うことにした。
貸渡の話では筒路紗希が探しものをしているらしい。それを探す手伝いをすればいいようだ。
「筒路さん、何を探しているの?」
「うーん…2つある名前を交互に呼ばれると混乱するので統一を要求します」
「由生! 『紗希ちゃん』って呼ぼう! な? な?」
「あぁ…うん。じゃあ紗希で」
「紗希でインプットしました。……『紗希』以外デハ反応シマセン」
「マジこいつ大丈夫か? 僕が言うのもアレだけど変だよ」
由生は貸渡の顔を見た。まあまあな引きつった苦笑いだった。
「さ、紗希ちゃんも疲れてるんだ。大事なものをなくしたらしいからな!」
「紗希は失くしました。アレがないとホームに帰れません」
「鍵をなくしたの?」
「鍵というよりはリモコンね。車のピッてしたら鍵が開くアレ。アレが一番イメージに近いかも」
「まあ鍵は鍵なんだね。で、それを探すには木に登らないといけない?」
「ちょ、由生。紗希ちゃんを苛めんなよ」
「どこに落としたか不明だからソラを探してたの」
「地球上では重力に逆らって物を落とせないので、今からは地面を探しましょう。わかりましたか」
「イエッサー! 由生タイチョー」
「では紗希隊員。今日の足取りを再現してください。鍵の捜索をはじめます」
「イエッサー! 由生タイチョー」
紗希は一目散にどこかにダッシュしていった。ふたりは慌てて彼女の後を追いかけた。
女子の体力とは思えないほどに猛スピードで公園も住宅地も突っ切ってしまった。男ふたりがへとへとで追いついても、彼女は息ひとつ乱れていなかった。
肩で息をしながら、由生はあたりを見回した。どう見ても校門の前だった。
「ここから失くしました」
「ああ…そう……」
「では探します」
そう言って紗希が非常口の看板と同じポーズをとりかけたので、ふたりは必死で止めた。止めなければまた例の速さでゴールまで突っ切りそうだ。
「歩いてだ。歩いてゆっくり探すんだ」
「イエッサー!」
紗希が先頭に立ってずんずん探し進んでいく。ふたりはそれに並んで鍵を探していくことにした。
「てかお前スゲーな! しゃべんないやつだからノリとか悪いヤツだと思ってたぜ。よく紗希ちゃんについていけるな!」
「ネトゲーマーのコミュ力舐めないでほしいよ」
「お、おう…。それをリアルで発揮できるゲーマーは少ないと思うぜ…」
紗希の進む道は中学生の下校路というよりは園児の探検に限りなく近いルートだった。道と言うには微妙な建物の隙間や塀の上を平気で進んでいく。今日紗希は一体何をしていたのか。疑問が尽きない。
結局それらしいものは見つからず、楠木の公園に帰ってきてしまった。
遊具のある広場の片隅で、3人は鍵を探していた。ここで見つからなければもうどこにもないだろう。
「由生ー、あった?」
「ない」
「紗希ちゃんは?」
「ないよ」
「やばいなぁ。誰かに拾われたのか?」
「ケーサツ行くか?」
そんな話をしている3人とは別の小学生たちがキャッチボールをしていた。
彼らは野球をかじっている連中のようで、小学生ながらフォームがしっかりしていた。だからちょっと球速も速めだった。
キャッチしては返すことに飽きてきたのか、だんだんとスピードを競う方向へと変わってきていた。その勝負はもちろん、落としたほうが負けだ。周りの小学生は息を呑んでそのスピードキャッチを応援した。皆が皆、少年団のエースが勝つと思っていたので、相手の少年は必死だった。負けず嫌いなその少年はこの勝負で勝って、エースより自分のほうが球速があることを証明したかった。
必死になりすぎた彼はストライクソーンを少し外してしまった。それでも外野にはわからないくらいのはずしかただったから、キャッチできなければエースの負けとみなされるだろう。
絶対に嫌だ。その一身でエースは黒いボールに手を伸ばした。ギリギリ掴めた。
お返しだと言わんばかりに思い切り投げ返した。だが肩に力が入りすぎたのだろう。ボールは明後日の方向へ放物線を描いて飛んでいってしまった。
それは由生の後頭部にジャストミートした。
「だ、大丈夫か?」
「……すごく痛い」
「あの小学生たち逃げたよ。謝るくらいしろよな全く…」