小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

平日ヒーロー

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 


ようやく探し出した親の手をしっかりと握った女の子がばいばいと手をふる。音無は嬉しそうに手をふって、
「よかったね、見つかって」と言う。視線は、まだ親子の後ろ姿を追っている。
そんな音無を見ると、ふいに
「むいてるんじゃないか」というつぶやきが漏れる。
音無は、え?と言ってこっちに振り向く。
「いや、音無って、正義のヒーローって感じだなって」
正義のヒーローが具体的に何を指すのか、おれにはよくわからない。現実には、世界を我がものにしようとする怪人は出てこないし、毎週人類が滅亡の危機に瀕するわけでもない。
ただ、見ず知らずの人間のために自分の損得に無頓着になれる姿が、テレビの向こう側の彼らと重なった。
おれはもう高校生だし、毎週日曜日に悪に立ち向かうヒーローへの憧れを持ち続けているわけではない。この世の正義に則って戦うよりは、悪者であっても要領よく生きていこうとする怪人の方が共感できる。
正義のヒーローなんて、骨折り損、くたびれもうけ。全然、いいとこなしってことだ。テレビの中の世界では惜しみない称賛と名誉が用意されているが、現実には疲労感が残るだけで、誰もほめてくれやしない。
だから、こんなにも他人のために必死になれる音無は理解できない。おれは、正義のヒーローなんてなりたいとも思わない。だから、
「私は、片桐君は充分、正義のヒーローだと思うよ」という音無の言葉には、単純に驚いた。
「最近、帰り道でたまに会うようになって、わかってきたんだ」
「な・・・どこが、だよ」おれは意味がわからなくて動揺する。
「私がタバコのポイ捨てを注意して、おじさんが逆上したとき、追い払ってくれた」
「警察を呼ぶフリをしたら勝手におっさんが勘違いしてくれただけだろ」
「拾った1円を届けるために一緒にバスに乗って付いて来てくれた」
「暗くなってから一人で出歩いたら補導の対象になると思ったからで」
「それから」
音無は、今はもう見えなくなった親子の姿をたどるように遠くを見つめて言った。
「迷子のあの子の親を探すのに協力してくれた。泣きっぱなしのあの子を元気づけて、笑わせてくれた。巻き込んじゃっただけだから先に帰るように言ったのに、結局最後まで一緒にいてくれた」
音無はおれに向き直る。とても柔らかい笑顔だった。
「あの子にとって、緑川さんは正義のヒーローになってると思うよ」
「おれは、ただ、子供が泣くのが苦手なだけで・・・」言葉に詰まった。
だって、あの子、泣いてたし。親と離れ離れになれば、泣きたくもなる。おれが、そうだったから。すごく、こわいことだとわかるから。そばにいてくれる誰かがどれだけ必要か知っているから。
立派な動機も、確固とした正義感も持ち合わせていたわけじゃない。
わかるから。知っているから。だから、放っておけなかった。
「ほんとうに、それだけだから」おれは自分の声がすごく頼りなく響くのがわかった。
「音無が言うほど、たいそうなものじゃないから」
おれは音無みたいに、強い人間に立ち向かっていけるだけの勇気はないし、拾った1円を返そうとするほど無欲なわけじゃない。大げさな言葉には見合わない、ちっぽけな人間なんだ。
だから、正義感とエネルギーの塊のような音無が、めんどくさくて、理解できなくて、呆れていながら、少しだけ、羨ましく思っている。
「そういうものなんじゃないかな、正義の味方って」音無の声は、なんだかとても穏やかだった。
「毎週怪人を倒さなくても、喧嘩はからっきしでも、100%他人のために生きなくても」
おれの手をとって、言う。
「ほんの少し、人のためを想って行動できれば」
触れた手のひらは、ちゃんと36度の体温が感じられた。
「片桐君は、それができるじゃない」
音無はおれの手を握る。
「それに、テレビのヒーローは日曜日にしか活躍しないけど、片桐君はこうして平日でも活動してるし」
おれは、思わず吹き出した。
「な、何!私、変なこと言った?」あわてる音無に、おれは笑いが止まらなかった。
そうだな。難しく考えることはないのかもしれない。
かっこよくて、非の打ちどころのない正しいヒーロー像は日曜日にだけあればいい。
おれは、情けなくて、欠陥だらけの平日のヒーローでいい。
背伸びしなくても、万能じゃなくても。36度の、人肌の温度のかよったヒーローの方がいい。
さんざん目の前で笑われて膨れ面になった音無に謝りながら、考える。
おれには、おまえと同じ36度の体温がかよっているだろうか。握ったおれの手は、冷たく感じなかっただろうか。
もし、そうでなかったのなら。
おれは、さっきまでの笑いとは違う意味での笑顔が自分に広がるのを感じながら、思った。
それは、すごく誇らしいことだな、と。

作品名:平日ヒーロー 作家名:やしろ