D.o.A. ep.1~7
司令室。艶が光るデスクを挟んで、リノンとソードは向かい合っていた。
彼らは、目を合わせた瞬間から、ある種の膠着状態に入っている。
彼女からすると、これは戦いのようなものだ。
「…まあ、なんだ。久しぶりと言うべきかな」
沈黙を破ったのは、ソードから。ただし緊迫した空気は緩むことなく張り詰めている。
「ええ、ごきげんようソードさん。ライがいつもお世話になっています」
「いや、当然のことだ」
「ええ、当然のことですね」
彼女の言葉の端々から実に刺々しいものを感じる。ソードは苦笑した。
「で、何の用か、聞かせてもらえるか。まさか挨拶に来たわけじゃないだろう」
「私を軍に入れてもらいに」
やはりか、とソードは思った。思ったが、はいそうですかと簡単に認めてやるわけにもいかなかった。
「……理由は」
「ライの傍にいる義務があります。約束なんです」
「約束?」
「…私は数少ない治癒術士で、格闘技も嗜んでいます。必要な人材でしょう」
答える気はないらしく、セールスポイントを挙げ始めた。
確かに彼女の言うとおりだ。喉から手が出るほど貴重な人材である。
彼女の腕が確かなことは、ライルから聞いて知っている。
「いけませんか。女が軍への就職を希望しては」
「いけなくはない、が…危険が付きまとう。それに、教会は?」
「休業にします。危険ならライにも同じことが言えるでしょう。それでもあっちは認めて、私は認められないなら…脅迫します」
「脅迫とは、穏やかじゃない」
「私、知ってるんですよ」
「……!」
ソードが、わずかな動揺を見せた。それからまた、耳に痛いほどの静寂が司令室に満ちた。
1分。
2分。
3分。
時計の針だけが、変わりなく動き続けて。
―――ついに、ソードが両手を上げて降参した。
「わかった!わかった、負けたよ。認めよう」
リノンは緊張した面持ちを、安堵に緩ませた。肩の力を抜くように長い溜息が吐き出される。
「ゴメンなさい」
「いや、それはこっちの方さ。結構なタマだな。教会のシスターにしておいたには惜しい」
「そうじゃないんです」
返ってきた否定にソードは首を傾げる。
「…この際正直に吐くことにします。怒らないでください、ね」
「?」
意を決したように、彼女はスウ、と息を吸い込んだ。
「最近まで私、ソードさんのこと、明朗快活な正直者のふりした、陰険非道な策略家で、腹の内はドス黒の、
何考えてるか知れない信用のならない人だと思ってました!」
一気に、そうまくし立てる。
「………」
「だから、あの子が軍に入るって言ったとき、反対だったわ。そんな人の下で働いてほしくないって…」
目を瞠ったソードが無言でいるので、居た堪れなくなってきたのか、少しずつ目線を逸らし始める。
「あ、もう、そんなふうには思ってないんですよ!ソードさんはいい人です!」
さっきまでの堂々とした態度が嘘のような慌てっぷりだ。めいっぱい虚勢を張っていたのだろう。
「…ちなみに」
「は、はい」
「先の評価が下されたのと、覆ったのは、いつだか訊いても?」
「10年前から、あの子が重傷を負って運び込まれたときまで…」
「それは…ずいぶん年季、入ってるな…」
「だって普通、孤児になったからって、何の変哲もない子供の面倒ずっと看たりしますか、武成王が。
いかにも怪しいじゃないですか、なんか裏があると思うじゃないですか。それに…」
と、彼女は口をもごもごさせる。言おうか言うまいか迷っているようだ。しばしの逡巡のあと、結局話を進める。
「ともかく、ライが運び込まれてきたとき、物凄く取り乱していたでしょう、私だって人のことは言えませんけど。
で、わかったんです。この人、私と同じだって。損得抜きで、あの子が大事でしょうがない人なんだって」
なるほど。あの少年を愛する者だからこそだ。口ごもった先は気になるが、彼女の信用を得たのだからよしとしよう。
「で、わかっていながら、卑劣な脅しをかけてしまったこと、謝ります」
彼らの間に先ほどの緊迫感はすっかり消えていた。
「いや、そのうち責められても仕方ねえとは思ってたよ」
遠い目をしながら、リノンに背を向けて窓の前に立つ。
「今はただ、幸せになって欲しいと…心から願う」
いや、なってほしい、ではない。するのだ。
愚かだった過去の自分の行いに対する、唯一の償いであり、父代わりとしての望みである。
それだけに、今回の一件について、どうしようもないことではあったが、ライルがどれほどの傷を受けたのかが心懸かりだった。
新しい剣を受け取って、「みんなを守る、強くなる」と喜んでいたその日に、あのような事件が起こっては、さぞショックも大きかろう。
数日は口が利けなかったようだし、カウンセラーでも手配してやるべきか。
「ありがとう…ソードさん」
「ん?」
「あの子を愛してくれて。…これからもいろいろと、よろしくお願いしますね」
作品名:D.o.A. ep.1~7 作家名:har