Love Grace
6.タイムリミット
「ねぇ、愛実、いつお母さんに言ってくれんのよ。それとも鏡のないとこで、もう言ってくれた?」
あたしと愛実が入れ替わって3日目、だんだんあたしはこのまま愛実と入れ替わられてしまうのか不安になってきていた。
「ごめん……いざとなると言いだせなくって。ちゃんと今日中に言うからね。でないと……」
でないと何なんだろう。私にはその意味は解からなかったけど、愛実はすごく申し訳なさそうにあたしを見た。
「あら、37度1分、もう少しね。じゃぁ、お母さん仕事してくるわ」
夕方、愛実の様子を見に来たお母さんがホッとした様子でそう言った。
「メグちゃんが熱を出したの久しぶりだから、辛かったでしょ」
そしてお母さんが続けてそう言うと、愛実は頭を振った。
「ううん、全然。寝てるだけで良いからそんなことないよ」
「そう? いつもならこの世の終わりみたいに唸ってるクセに」
確かに、あたしぶーたれてたけど、そこまでじゃないわよ。そう思って愛実を見ると、いつもと様子が違っていることに気づかれて顔をプルプルさせて引きつっている。ダメだよ、そんな顔したらばれちゃうから。
それから、仕事をするために階下に降りようとあたしの部屋のドアを開けたお母さんに、愛実はいきなり、
「お母さん、もう書くのは止めて」
と言った。
「どうして?」
「お母さん書き過ぎだよ。このままじゃお母さんの方が病気になっちゃうよ」
「ならないわよ」
お母さんは涙目で必死に言う愛実に笑ってそう答えた。そしてため息を一つ落とすと、
「それでわざわざ入れ替わってくれたんだ、マナちゃん」
と言ったのだ。えっ、えええーっつ!!
「……いつから気付いてたのおかあ……ママ」
愛実は観念したように、お母さんをママと呼んだ。
「あんたが間違ってママと呼んだ時からかな」
そうなんだ。やっぱ、あれでばれてたのか。お母さん全然気付いた風じゃなかったのにな。
「それでお母さん、試しに夕ご飯をお粥にしたのよ。実はね、メグちゃんは子供のころから、どんなに熱があってもご飯しか食べないのよ」
「知らなかった」
愛実は俯いてぼそっとそう言った。ま、あたしが小さい頃、 『お粥なんて食べない!』
って頑張ってた所に鏡なんてなかったもんね。あたしも、それでお母さんがあたしかどうかを試してるなんて思ってもいなかったしな。第一、入れ替われるって思う所がお母さん、やっぱ普通じゃない。お母さんはベッド際に戻って来て、愛実の頭に手を置きながら、こう言った。
「でも、確信したのは今さっきよ。マナちゃんが『書くのを止めろ』って言ったからよ。間違ってもメグちゃんにはその一言は言えないわ」
「どうして……」
「あの子には、お母さんにあんたを消せなんて言えない、そういう事よ」
お母さんのその言葉に愛実は鏡の中のあたしを見たから、あたしは咄嗟に目線を逸らせた。
「そんなんであたしは消えないよ。」
明らかにあたしに向かって言ったであろう言葉は、涙声だった。
「だって、あたしは恵実と“一つ”だから……」
「そう、でも折角“お外”に出てきても、ずっと熱出して寝込んでたのは辛かったね」
「ううん、嬉しかったよ、それも」
続いて言ったお母さんに、愛実はそう返した。
熱を出して寝込んだのがなんで嬉しいの? あ、お母さんに優しくしてもらえるか……そう思ったあたしは、愛実の次の言葉に思わず息を呑んだ。
「だって、痛いのや辛いのは生きてる証拠でしょ? だから、この三日間、あたし嬉しくてしょうがなかった」
愛実は真顔でそう返したのだ。そんな愛実をお母さんは次の瞬間、ギュッと抱き締めてていた。
「マナちゃん、じゃぁ、この感触も忘れないでいて……」
「ママ、ありがと……忘れないよ。でも、あたし、いくね……もうそろそろタイムリミットだから……ホントにありがと……」
お母さんの胸に抱かれている愛実の声はだんだんと細くなっていく。
「マナちゃん? マナちゃん! 愛実!!」
何度かお母さんが愛実を揺すって呼びかけたのは聞こえたけど、愛実は意識を手離したのだろう。あたしの眼の前も真っ白になった。
作品名:Love Grace 作家名:神山 備