夢と現の境にて
「なんでもいいから、俺に言え」
間宮はそう言った。何でも…って、何を
「なんでもいい。夢の事でも、くだらない事でも、思った事なんでもいいから口に出せ」
なんでそんな必要があるのだ、そう俺が思っていると間宮が厳しい視線で此方を見た。怖い、こんな顔はばあさま以外に見たことがない。
「は、はい…」
無意識に返事をしてしまった。ばあさまの影響でこういうことには弱くなってしまっている。間宮はよし、と犬にでも言うように頷くと携帯出せと手を差し出す。俺は大人しく手元に置いておいた携帯を手渡す。それを受け取った間宮は勝手にそれを弄り始めた。何か入力し終わるとそれを俺に返す。
「俺のケーバンいれたから、夜とか俺がいない時も電話しろ」
「え、なんで」
「いいから」
辛いって思ったら直ぐ言え、と間宮が呟くようにいった。
(…辛い?)
俺は間宮のケーバンが入った携帯を呆然と見つめた。辛くなったら、間宮に、何を話せというのだ。
残酷で残虐なあんな夢の事を?怖かったと?助けて欲しかったと?苦しくて眠れないと?…寂しいと?
(…冗談じゃない)
「…嫌だ」
手元が震える。自分にしか分からないこの恐ろしさを他人に話すだなんて。そんな、そんな弱虫みたいなことできるわけが
「弱音吐いて何か悪いのかよ」
顔を上げる。先ほどの怒った顔はもうなかった。真剣に俺を見るあの目がそこにあった。
「怖いもの、怖いって言って何か悪いのかよ。自分で思った事感じた事押し殺して我慢して、それで何か解決すんのかよ」
しねぇだろ、と間宮は言った。
そうだ、何も解決しない。変わらない。だって一度ではこの悪夢は終わらない
何度も何度でも怖い夢はやってくる
起きても、また眠れば悪夢はいつでもやってくる
ああ、よかった夢で
そう思えてたのは何時だったか
今ではもうそんなことも思えなくて
眠るのが怖くて 何も考えたくなくて
睡眠薬をたくさん呑み込んで眠ってしまえば
熟睡すれば見なくてすむかもしれない そう思えば
悪夢はいつもより 長く長く長く長く――自分を苦しめて
終わらない、まだ終わらない まだ、夢は覚めてくれない
誰かが死ぬまで 苦しんで倒れるまで 俺がやめてくれと叫んでも
いやだいやだいやだいやだ 見たくないみたくない助けてたすけてたすけて だれか
そうしてやっと目を覚ました時、現実で生きていくよりも辛く残る脱力感
やっと起きれた、やっと解放された ああ、現実だ
夢から覚めたことが嬉しくて涙を流した 戻ってこれた よかったよかったよかった
そうして、やっと落ち着いた頃、どうして自分はこんなものを見るために
生きているんだろう そう考えてしまうんだ
気づけば、頬には何かが流れる感覚
気づいてくれた 気づいてくれた こいつは、信じてくれている
こんな どうしようもないことを
「う…ッ、く…」
嗚咽が漏れる。口元を抑えると前のめりに身体を沈めた。
何も知らないクセに、と
いつも冷ややかに自分を見る人たちを心の内で非難していた
どんなに辛いことか、そんなの本人にしか分からない、そして分かろうともしないだろう
それが、普通なのだ そう思って割り切って ばあさまの言うことにも忠実に従ってきた
自分なりにばあさまがすることにはきちんと自分を守ろうとする そんな意思が感じられたからだ
でも知らなかった
こんな変な奴がいるとは自分の考えでは、常識ではなかったのだ 何一つとして
そして見つけたのだと思う
神様は俺を 完全に見捨てたわけではないんだと そう、思った
ふわり、と何かが動く気配がした 周りが薄暗くなる
後頭部に手が当てられ引き寄せられれば、次気づいた時には、抱えられるようにして俺は間宮の腕の中に納まっていた。
暖かい、最初にそう思った。一瞬、硬直した身体はあまりの安心感にすぐに力を抜き、預けるようにして凭れた。微かに香るこの匂いは間宮のものだろうか。なんだか嗅いだことがないからよく分からない
涙はこのような状況に陥っても止め処なく流れた。寧ろ堰が切れたように、滝の様に流れ続ける。ああ、どうして俺は こんなにもこいつに
弱いのだろう
そう頭の中で思いながら静かに瞼を閉じていく。なぜだか、これからどんな怖い夢を見ることになったとしても、俺は 安心して眠れる気がしたんだ―――