夢と現の境にて
―――参, 願望なる夢
夏休みに入った。俺は相変わらず家の家事をしたり、偶に友達に誘われてゲーセンに通ったり、いつもと変わらぬ毎日をおくっていた。
狭霧とは連絡は、取っている。だが、毎度返事はまだ来るな、まだ大丈夫、こっちから連絡するからと、頑なに来るのを拒み、夏休み前から始まってそれが一週間続いていた。一体あの約束はなんだったんだ、なんの為に俺は協力するなんていったんだ。
不意に、協力を許してもらえたあの帰り際、一瞬だけ見せた狭霧の笑顔を思い出す。俺が呆然と見とれているのにも気づかず携帯を取り出すところから、どうやら無意識だったらしい。自分だけ舞い上がっていたようで少し恨みがましくなった。なんて反則な行為をするやつなんだ、とこれから気をつけなければと頭を振った。
じゃあ、もう自分からいくしかないな。
今日一日の家事を粗方片付けた後、俺は覚悟を決めたように家を出た。いつまでもあのばあさんとあいつの言葉を鵜呑みにしていたらこのまま終わるような気がする。招かれないのなら自分から戸を開けて進み行くしかない。自転車に跨ると狭霧の家に向けて漕ぎ出した。もしかしたら入れてくれないかもしれないが、行かないよりは絶対、マシだ。
蝉が周りでどこからともなく鳴り響く中、俺は夏の太陽で焼けたコンクリートの道を休むことなく走っていった。
狭霧の家は周りの家と比べると本当に大きい。道を覚えにくい俺でも見間違えようの無いだろうその家の前へと辿り着くと自転車を止め、念のため鍵もつけて戸を叩いた。気づくだろうかと思っていると、小さく足音が聞こえ戸がほんの少し開いた。その隙間からは小さな女の子がひょいっと此方を覗いていた。
「・・・どちら様ですか」
無表情でこちらをみる少女。あいつの兄妹だろうか。でも、多分違う気がする。
「狭霧、さんいるか」
なんていうべきか分からなかったため、とりあえずさんづけで応える。少女は暫く悩んだ後、「少々お待ちください」と言って戸を閉めてしまった。小さな足音が遠ざかっていく、と数分したところでまた足音が聞こえてきて今度は半分くらい戸を開けて、ばあさんが前と変わらぬ鋭い眼で俺の前に現れた。
「…憂は呼んでないはずだよ」
「分かっています」
呼ばれてないから来たのだ、といっているような返事をすれば、ばあさんはじっと俺を見た後、戸を開けたまま中へと戻っていく。そして低い声で「入んな」と命じると先導するように歩き出した。俺は迷わず中へと入り込むと戸を閉めて、靴を脱ぎ揃え見失わないようにばあさんの後をついていった。
このばあさんは何度も俺を品定めするように見ているが、入れてくれたということは許されているということなのだろうか。前をあるく老人を見ながら思う。嫁を虐める小姑の様にも見えなくもないが、それとはまた少し違う気もする。
「憂」
いつの間にか一つの襖の前へとたどり着いていた。ばあさんは軽く名前を呼んだ後、返事も聞かずに襖を開けた。俺は少し後ろから窺っているのでまだ中は見えない。ばあさんは中を確かめるように見た後、俺の方を振り返って「寝ているから起こすなよ」と一言言い、もと来た道を戻っていってしまった。
開けられた襖に近づき、中を覗いた。
狭霧は寝ていた。掛け布団をかけず、着物を着て少し着崩れた姿だった。暑苦しそうに顔をしかめ苦しそうにも見えた。こんな時間に寝るぐらいなのだ、何か夢でもみているのだろう。それは決して、いいものではないのだろうが。
何畳か分からない部屋へと入ると襖を閉め狭霧の隣に腰を下ろした。初めて話したあの日も自分はこうやってこいつの目覚めるのを待っていた。
あの時はなぜこんなことをしているのかと理由を探していた。が、今の自分にはそんなものはもう必要なくなっていた。もう、答えがあるのだ自分の中には。