桃色伝説(仮)
深呼吸をしながらも零音は長い黒髪を軽く撫でながらも櫓の上の柵に腰掛けながらも遠くを見ていた。
「零音ちゃんが櫓に来るなんて珍しいね」
「え……そうですか?」
村人の若い男性に話し掛けると零音は笑顔を浮かべながらも振り向いた。
「なにか合ったのかい?」
微笑みを浮かべる男性の問いに零音は目を見開いた。しかしすぐにいつもの表情に戻った。
「……私はこの村が好きです」
「うん、知っているよ」
「……この村の人は外部の私にすごく優しくしてくれました」
「零音ちゃんは良い子だからね」
「……だから私はこの村の人を守りたいと思いました」
零音は一度言葉を切ると腕を組んだ。そしてゆっくりと手に力を入れ始めた。
「……私はこの村にいたいと……思いました」
「零音ちゃん」
「……いえ、忘れてください」
溜め息をつきながらも零音は首を横に振った。そして腕を降ろすと柵に降ろしていた腰を上げた。
「零音ちゃん。もしかして――」
男性は零音に近づこうとした。
「――おじさん! 双眼鏡を貸してください!」
急に零音はさっきまで見ていた方向に視線を向けながらも手を男性の方に突き出した。
「どうしたんだい?」
男性は零音に首から提げていた双眼鏡を渡した。
「……東から西に避難、村の人に伝えてください」
双眼鏡を目から外すとすぐに男性に返し、軽く息を吐く。
「……鬼です」
男性が驚いている気配を零音は感じつつも櫓の柵の上に立った。
「鬼の数は軽く見積もって三十。ちょっと厳しい気もするけども…。ひとまず村人の避難、お願いしますね」
深く深呼吸をしながらも一度目を閉じた。
そしてゆっくりと目を開けるとその目は鋭い瞳に変わり、軽く柵を蹴ると零音は空中、そして地面に着地するとすぐに走り始めた。
櫓から鐘の音が響いた。