桃色伝説(仮)
「これ、どうぞ使ってください」
颯夜はそう言いながらも村長の手の上に小さな袋を置いた。
「桃の種です。村の周りに埋めて貰えれば鬼を払う事が出来ます。三年ぐらい埋めとけば実もなりますし」
笑顔を見せながらも見せていた颯夜だったがすぐにあたりを見回した。
見えるのは朝が早いためか大人達の姿だけ。
颯夜は内心溜め息を吐いた。
「もう少し、待ってればきっと……」
一人の女性が意を決して言ってくれたその言葉に颯夜は首を横に振った。
「そろそろ、行きますね。子供達も起きますし、みなさんも忙しいでしょ?」
再び颯夜は笑顔を浮かべたあと、軽く頭を下げた。
「短い間でしたがありがとうございました」
颯夜は村に背を向けるとゆっくりと歩き始めた。
しかし不意に、その足を止めて振り返った。
目に入ったのは長い黒髪。そして刀をしっかり持った……。
「……無理矢理誘っておいて置いて行くの?」
「――零音」
村人によって作られた人の道を零音は堂々と歩いて、村人の先頭にいた村長の前で止まった。
「村長、ちょっとの間、村を出て、旅をしてきます。村をお願いします」
零音はまっすぐと村長を見ていたが村長は静かに微笑むとゆっくりと頷いた。
「いってらっしゃい。零音」
「はい」
村長から颯夜に零音は視線を移した。
「行くんでしょ?」
首を傾げて問う零音を見て、ずっと驚きの表情だった颯夜だったがすぐに頷いた。
「もちろんだ。次の目的地はここから東の街だ」
「うん」
零音が頷くと颯夜は今度こそ、村に背を向けて歩き始めた。
零音も迷うことなく、村に背を向けて歩き始めた。
「いってらっしゃい。零音」「がんばってね。零音ちゃん」「気をつけてね。零音ちゃん」
零音は振り返らずに、片手を上げた。
「いってきます」