銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔-ザリアベル再びー~
(…ごめんね…ごめんね…)
正樹はそう心の中で謝りながら、テトラポットに降りた。
(僕もいっぱい苦しんで死ぬからね。…でも…僕は地獄に行くから、海斗君には会えないけど…。)
正樹はテトラポットを渡り歩きながら、そう海斗に語りかけた。
…そして、テトラポットの端までたどり着くと、目を閉じ、そのまま足から落ちた。
……
苦しい。…正樹が思っていた通りだった。
水が口の中へ次から次へと入ってくる。息をしようとしてもできなかった。
両手両足を必死に動かそうとした。だが動かなかった。月明かりに光る水面を下から見上げながら、正樹は海の底へと沈んでいくのを感じた。
(あれ?…何だか…気持ちいい…)
正樹は急に思った。今までのことが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
(だめだ…苦しまなくちゃ…地獄へ…行かなきゃ…)
正樹がそう思ったとたん、紅い目をした男の顔が突然正樹の前に現れた。両頬に傷が2本ずつある。
「!!」
正樹は驚いて声を上げようとした。だがもちろん声は出なかった。
(悪魔!?…それとも死神…!)
正樹はその男に体を抱かれ、水面に向かって勢いよく引き上げられるのを感じた。
(!?地獄ってそっちっ!?)
正樹がそう思ったとたん、宙に飛びあがったのを感じた。
正樹はとたんにむせた。そして水を吐いた。吐いても吐いても止まらなかった。
男はまだ正樹を抱きしめていた。そして正樹の背中を叩いている。
「ザリアベルっ!!間に合ったか!」
その声に、やっと落ち着いた正樹は顔を上げてみた。
目の前に白い羽を持った銀髪の男が浮いていた。
「…天使…?」
「そうだ。…俺は悪魔だがな。」
正樹の呟きに、抱きしめている男が言った。
「いきなり海に落ちたから…とりあえず助けてみた。」
正樹は目を見開いて言った。
「!!…駄目だよっ!僕は死ななきゃならないんだっ!」
「わかってる。」
男は正樹の体を少し離して、正樹の顔を見た。
「…海斗って子の為に死のうとしたんだろう?」
「!!」
「悪魔は心の中を読めるんだ。…それは、あの天使も同じだ。」
男の言葉に、正樹は男の後ろに飛んでいる銀髪の天使を見た。
銀髪の天使は、正樹に向かって手を振っている。
「アルシェだ。よろしくー。」
その呑気な声に、悪魔が横眼で天使を見て苦笑した。
そして、その天使に振り返って言った。
「これからは、お前の仕事だ。アルシェ。」
「りょーかいっ!」
天使は敬礼してそう言うと、悪魔から正樹の体を受け取った。
正樹は目を見張ったまま、されるがままになっている。
「ザリアベル!」
天使が、埠頭に降り立った悪魔に言った。
「手加減して下さいよ!」
天使の言葉に、悪魔はにやりと笑った。
「…わかってるさ。」
そう言うと、天使と正樹に背を向けて歩き出した。
カツーンカツーンという足音が響いている。正樹はその音に何かぞっとした。
「さて、君はこっちね。」
天使がそう言うと、ぱちっと指を鳴らした。
……
正樹はゆっくりと目を開いた。
「!!」
花畑の中にいる。見渡す限り、色とりどりの花が咲いていた。
「正樹君!」
その声に振り返ると、海斗がにこにことして立っていた。
「海斗君っ!!」
正樹は思わず海斗に抱きついていた。
「ごめんなさいっ!…僕のせいで…海斗君…死んじゃ…」
「違うんだよ。正樹君。」
海斗が正樹の体をゆっくりと離しながら言った。
「…死にたかったんだ…僕…」
「!?…えっ!?」
「…お父さんから…離れたかった…。」
「!?」
正樹が目を見張っていると、海斗は寂しそうに笑った。
「僕ね…毎晩毎晩、お父さんに殴られてたんだ。…外で気に入らない事があると、僕を殴るんだ。」
「!!」
「壺を割ったことも、殴られるために、わざとお父さんに言ったんだ。」
「えっ!?」
「…そのせいで…正樹君がこんなに悲しんでくれるなんて思ってなくて…。僕、早く死ねると思って…お父さんに言ったんだ。」
「!!」
「…だから…正樹君は苦しまなくていいんだよ。僕は死んだ今の方が幸せだから。」
正樹の目から涙が溢れ出た。
「うそだっ!」
正樹の声に海斗は目を見開いた。正樹は泣きながら言った。
「もうみんなと会えないんだよっ!遊べないんだよっ!それでも幸せ!?」
海斗の目に涙が溢れた。そして首を振った。
「…皆と遊びたい…もっと…学校に行けばよかった…」
海斗が声を出して泣いた。正樹も一緒に泣きながら、海斗の頭を抱いた。
……
拘置所の一室で寝ていた海斗の父親は、急にぞくりとする恐怖を感じ飛び起きた。
見ると2本の足が見えた。
ゆっくり見上げると、燃えるような紅い目をし、両頬に長短2本の傷がある男が自分を見下ろしていた。
「!!悪魔!?」
父親が思わずそう言った。
紅い目の男は、片膝をついたと同時に片手で父親の首を掴んだ。
「!!」
父親は恐怖で声が出ない。
「海斗からだ。」
首を掴んだまま、男が言った。
「…死んでもお前を赦(ゆる)さない…」
男が首を掴んだ手に力を入れた。
父親は悲鳴を上げた。
……
「…手加減するって、言ったじゃないですか…」
アルシェの人間形「浅野俊介」が、「バケット」というフランスパンにかじりつきながら言った。
「…ちゃんとしたさ。」
ザリアベルも浅野と同じように「バケット」をかじりながら言った。「バケット」がザリアベルの好物だと聞いて、浅野が買ってきたのである。
「…にしては、あの海斗君の父親…かなり気が狂ってましたよ…。どうやったら、あんなに気が狂うんです?」
「それは魂を(ピーッ)のように、(ピッ)にしてから、(ピーッピッピッ)すると、(ピッピーッ)になるから、(ピッピッ)したらいい。」
「あー…放送できない…」
浅野がうつむきながら、耳を押さえて言った。
ザリアベルはにやりとした。
「海斗は満足してたろう。」
「してましたけど…」
「ならいいだろう。…正樹って子は立ち直ったか?」
「ええ。海斗君が時々下界して、正樹君に会いに行くと約束したそうですよ。」
「そうか…」
ザリアベルは、ニコッと笑った。
「今の顔っ!」
浅野が思わず言った。
ザリアベルは無表情に戻った。
「もいっかい!もいっかい見せて!」
「無理だ。」
「えー!お願い!もう一回だけっ!」
「無理だと言ってる。」
浅野は何度も手を合わせて頼んだが、ザリアベルの表情は、もう変わらなかった。
(終)
作品名:銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔-ザリアベル再びー~ 作家名:ラベンダー