むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編序
序
新橋の烏森口から徒歩五分。
廃校となった小学校のさらにその先に行った雑居ビルの地下に、イツキという居酒屋がある。カウンター席だけの小さな店の主人は独身美人。
『おかみさん』
というには若すぎるし、かといって『ママ』というにはすれていない。
客の多くもこの女主人をどう呼んだものか迷うのだろう。あるいは『店長さん』と言う者があって単に『おねえさん』と言うものもある。『あのー』であるとか『すんません』という呼びかけだけ話を済ませてしまう横着者もいれば、かしこまって『大井さん』と姓を呼ぶものもいる。
いずれにしたところで言えることは、小さな居酒屋は女主人がいるからこそなんとか利益を出してもっているということ。ほかの人間ではなかなかに続いていないのではないか。
「む。まだやってっか……」
地下の居酒屋に通じる地下への入り口。
ショートヘアの少女はぼそりと言った。
半そでの白のブラウスにルチルクオーツのチョーカー。ワインレッドのキュロットにバスケットシューズ。どことなく不遜な態度の少女は空を見上げる。七月の夜空。新橋のネオンの明かりにかき消されて夏の星は見て取ることができない。
「腹減ったな……」
小生意気な娘は頷くと地価に降りていく。ファストフードのハンバーガーでもなければ、コーヒーショップのサンドイッチでもない。少女の胃に一番なじむのは冴えない地下の居酒屋で出される残り物。そういう意味では『いかにもお安い女』。けれど、胃袋が安物でも志まで安いというわけではない。何といってもこの娘ときたら……。
「う……」
階段を下りきって、さらにその突き当たり。金曜午後十時半の雑居ビルで、明かりがついているのは最奥の居酒屋だけ。僅かにあいた扉の向こうからは明かりと一緒に、谷村有美の曲が聞こえてくる。曲だけではない。男の声――。
「まだ客がいやがんのか。早く帰れっつーの」
小娘は歯を剥いて怒った。
「……いやー、そこがオタクの浅はかなところなんだよ!」
調子の良い軽薄男の騒ぐ声。どうも粘っている客は一人のようである。少女は不機嫌な顔のまま居酒屋の扉を押した。カウンター席だけの小さな店。ちなみに本日のお勧めはスズキ、であるらしい。ホワイトボードにはそのようなことが書かれている。
「ういー」
新橋の烏森口から徒歩五分。
廃校となった小学校のさらにその先に行った雑居ビルの地下に、イツキという居酒屋がある。カウンター席だけの小さな店の主人は独身美人。
『おかみさん』
というには若すぎるし、かといって『ママ』というにはすれていない。
客の多くもこの女主人をどう呼んだものか迷うのだろう。あるいは『店長さん』と言う者があって単に『おねえさん』と言うものもある。『あのー』であるとか『すんません』という呼びかけだけ話を済ませてしまう横着者もいれば、かしこまって『大井さん』と姓を呼ぶものもいる。
いずれにしたところで言えることは、小さな居酒屋は女主人がいるからこそなんとか利益を出してもっているということ。ほかの人間ではなかなかに続いていないのではないか。
「む。まだやってっか……」
地下の居酒屋に通じる地下への入り口。
ショートヘアの少女はぼそりと言った。
半そでの白のブラウスにルチルクオーツのチョーカー。ワインレッドのキュロットにバスケットシューズ。どことなく不遜な態度の少女は空を見上げる。七月の夜空。新橋のネオンの明かりにかき消されて夏の星は見て取ることができない。
「腹減ったな……」
小生意気な娘は頷くと地価に降りていく。ファストフードのハンバーガーでもなければ、コーヒーショップのサンドイッチでもない。少女の胃に一番なじむのは冴えない地下の居酒屋で出される残り物。そういう意味では『いかにもお安い女』。けれど、胃袋が安物でも志まで安いというわけではない。何といってもこの娘ときたら……。
「う……」
階段を下りきって、さらにその突き当たり。金曜午後十時半の雑居ビルで、明かりがついているのは最奥の居酒屋だけ。僅かにあいた扉の向こうからは明かりと一緒に、谷村有美の曲が聞こえてくる。曲だけではない。男の声――。
「まだ客がいやがんのか。早く帰れっつーの」
小娘は歯を剥いて怒った。
「……いやー、そこがオタクの浅はかなところなんだよ!」
調子の良い軽薄男の騒ぐ声。どうも粘っている客は一人のようである。少女は不機嫌な顔のまま居酒屋の扉を押した。カウンター席だけの小さな店。ちなみに本日のお勧めはスズキ、であるらしい。ホワイトボードにはそのようなことが書かれている。
「ういー」
作品名:むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編序 作家名:黄支亮