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べんち3

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到着の数日前に、警戒警報に叩き起こされた。航法は、こちらの担当だが、その惑星のデータを計測するのはあちらの仕事だ。
「おはようさん、ここまでで四年か・・・まあ、予定通りっちゅーとこやな。上手い事、軌道に乗せてや。これ、データ。」
「はあ? これ? 」
 持ち出してきたデータは、当初に教えられていたものと、大幅に違っていた。往路の重力影響なども考慮して、加速できるように再計算されているのだという。
「加速するつもりか。」
「まあ、行きは四年なら、帰りは三年が妥当やと思うで、俺は。」
「これ、ものすごく細かい操船しないとダメなんだけど? 」
「腕はええんやろ? こんな厄介な計画に巻き込まれるぐらいなんやからさ。」
「まあ、そりゃ、技術はあるさ。でも、失敗すると、これだと、弾かれて違う方向に飛び出す可能性が高くなるんだ。それでもいいのか? 」
 惑星の重力から、弾かれるように離脱する。これは、実は一番難しい操船だ。ひとつ、間違うと重力に囚われてしまったり、まったく違う方向に加速してしまうことになる。当初の計画は、その危険を軽減するために、ただ、重力からの離脱という目的の操船のみという指示だった。
「一蓮托生、どーんとこいっっ。」
「それ、喩えが悪い。」
「きみに生命は預けた。信じてるで。」
「バカにしてるだろ? 」
「あれ、なんで、わかんの? まあ、なんとかしてや。俺は計算はできるけど、実地は無理や。」
「わかってるよ、そんなことは。・・・でもな・・・」
「上向いて行こうや。」
 運命なんてものは、受け入れるしかない。だが、受け入れるにしたって、俯いているよりは、上を向いて笑って受け入れるほうがいい。この航海の最初に、こいつは、そう言って、「戻るのだ。」 と、俺にも思わせた。
「そうだな。上を向いていこう。失敗したら、極楽浄土を探しに行くという目的に変更してやるよ。」
「ああ、おおきに。でも、俺、それよりは地球に戻って、タマに逢いたいわ。」
「え? 」
「戻って、探すほうが確率高いと思うで。ここいらまで、仏教が幅利かせてるとは思われへん。なんぼ、お釈迦様でも、何十光年も離れたとこまで遠征はしてないやろう。」
「ということは、極東のどっかにあるのか? 」
「さあ? 俺、そこまで行ったことないし。火星ぐらいまでは、あるかもしれへん、って思っててんけどなあ。『ようこそ、極楽へ』とか『極楽まで、あと三日』とかいう看板を探してたんよ。」
「あるわけないだろっっ。」
 緊張を解すためなんていうには、結構、真剣な表情で、こんなことを言う。どうしても戻るのだという気持ちが必要だから、笑いながら、ツッこんでいる俺も、その気になっている。
 寄越したデータを打ち込んで、パネル操作をする。それほど大きな船ではないので、角度を変えるための噴射口も少ない。僅かずつの噴射で、微妙な角度を作り出す。一瞬で通り過ぎてしまうから、操船する前に、その噴射の時間と出力は入力する。それでも、脱出する角度がずれてしまったら、そこからは手動で調整することになる。


 数日のうちに、準備は整えた。データも取れたと報告を受ける。後は、目前に広がる惑星を一蹴して飛び出すだけになる。とても大きな惑星だが、ずっと、発見されずにいた。軌道が大きすぎて、近寄ってくれないと観測できなかったらしい。冥王星よりも巨大な惑星は、美しいリングを、何本か、その身に巻きつけていた。リングは、宇宙塵と呼ばれるもので構成されているから、そこに接触すると、船は破壊される。それらも計算によって回避できるように入力した。誰も、その視界に捉えた事の無い惑星は大きかったが、太陽から離れすぎていて、光が無い。おそらく地上は凍っているだろう。大気すらも凍り、生物の存在はないと考えられていた。それを、スクリーンに映して、横手に待機している相方に声をかけた。
「おまえ、地球に戻ったら友達ぐらいは作れよ。」
「おるで、俺。」
「猫以外にいるのか? 」
「失礼な。人間とイルカにもおるわ。」
「・・・イルカ?・・・」
「あれは賢いから、人の顔を覚えよる。」
 緊張した空気を攪拌させるように、ふたりして、バカな話をしていた。プレッシャーに負けるのが怖いというのとは違うが、重要な操船している時というのは、こういうバカ話をする。口が利ける間は冷静だと、自分で確認できるからだ。
「横Gがかかるから、しっかり捕まっててくれ。」
「うあ、俺、睡眠装置に入ろうかなあ。」
「もう、遅い。カエルみたいに、そこでひしゃげてろ。」
「くっそーゲコゲコ鳴いたるからなっっ。」
「リングのデータはいいのか? 」
「もう、取った。後は、コンピューターに任せてある。しっかり頼むで、運転手っっ。」
「俺、タクシーの運ちゃんじゃないんだけどなあ。おまえが言うと、そう聞こえる。」
「同じもんやろ。運転しとんのやからさ。・・・ぐっ・・・」
 加速してくると、そのGがかかる。さすがに科学者は軟に出来ているらしく、加速が始まると、口が利けなくなった。リングの内側を掠るように通り過ぎ、噴射口から予定通り、噴射が始まる。パネルのデータを確認して、微調整だけ繰り返す。時間にして、僅か数分。だが、その時間は、とても長い。ガタピシと船内が揺れているが、気にしている暇もない。脱出地点で、アラームが鳴り、そこで、全ての噴射口が開いた。エンジンも全開で最大限に数秒の噴射で、船は、復路のルートに無事に乗った。


 故障箇所がないかを確認していて、ふと、隣りが静かなので、横に目を遣ったら、相方は盛大に失神していた。まあ、無理もない。こちらは慣れているが、あちらは、こんな過激な加速もGも経験したことはないだろう。そのうち起きるだろうから放置して、作業に戻った。船の内外のチェックが何より重要だったからだ。どこか破損していたり、故障していたら、即座に修理する必要がある。この船は、研究船ではあるが、遠距離航海が可能なしっかりとした船だった。本来は、数十人が乗り込み作業する大きさだから、多少の破損ぐらいは問題はない。破損がみつかったので、それらを修理するために、ブリッジは離れた。
「アバラが折れた。」
「大袈裟な。」
「むっちゃ痛いんやけど。」
 修理を終えて戻ってきたら、コーヒーを飲みながら、パネル操作をしていた。それで、この言葉が本当だと信じられるわけがない。
「コルセットでも嵌めるか? 」
「後でええわ。破損が少なくて助かった。エンジンには問題はないな? 」
「ない。しばらく加速のために、使って、後は、また寝てもらう。」
「燃料のほうも、予定内や。ごくろーさん。」
「計測器のほうの故障は? 」
「うーん、多少あるみたいやけど、ぼちぼち修理するわ。しばらくは、目的の場所もないことやし。」
「痛いのは胸だけか? 」
「乙女心に傷が・・・」
「バカっっ。」
「はははは・・・うまいこといったんやから、ええやん。」
「誰が乙女だ。誰がっっ。」
「切なくなるあたりが、乙女かなあ。」
「冗談はいいから、痛いとこはないのか? 」
「全身痛いって。さすがに、実地は辛いわ。俺、死ぬかと思た。・・・三途の川が一瞬見えたで・・・」
作品名:べんち3 作家名:篠義