Knockin’on heaven’s door
その2
「あなたが……尾崎幸太郎さん?」
「そうだったと思うが、お前は何者だ?」
僕は少し困っている、こういうケースがあるとは聞いていたが、まさか僕が担当になるとは思ってもみなかったからだ。
『 勘違いな尾崎幸太郎の場合 』
「お前、わしの言葉が分かっておるみたいじゃが、普通の人間ではないな?」
「まぁ、死んでしまえば言語とか関係ないんですよ。人間でも動物でも、耳ではなく心で聞き取っている感覚です」
「……難しい事を言うヤツよのう」
今回、天国への旅立ちのお手伝いをする尾崎さんは……猫だ。どう見ても猫、初めて人間以外を天国に送る事となるようだ。
「え〜と幸太郎さん、と呼べばいいのでしょうか?」
「好きに呼べばいい、アイツはコウちゃんとか呼んでおったがな」
この『アイツ』とはご主人様のようだ。どうやらコウちゃ……彼はご主人様への不満があって成仏出来なくているみたいだ。
「……どこまで話した?」
「斉藤さんトコに遊びに行かせてくれない、って所です」
霊魂になってから寂しかったのだろうか、生まれてから今までの話を、彼は淡々と話続けていった。
まだ目も開かぬうちに人手に渡っていたコウちゃんの一生は、僕が話を聞く限りではとても可愛がられていたと思うばかりだ。
「しかし、ワシが死んでからじゃ、アイツは本性を現したんじゃ。アイツ……ワシを食べようとしとったんじゃ」
「いっ、いやまさか。普通食べませんよ、人間は」
「そんな事はない、ワシはこの目でしっっっかりと見たんじゃ。アイツはワシが死んで、その体を焼いて食べようとしたんじゃ」
「……えっ、へぇ〜。なんか大体話の進行方向が分かったんですけど……」
「コラッ、真面目に聞かんかっ。アイツはのぉ、肉が焼けて骨だけになったワシの体をみて、泣いて悔しがっておったぞ」
「きっとそれは、食べる所が無くて悔しがっていた訳ではなく、変わり果てた姿を見て悲しがっていたのだと思いますが?」
「いや、それだけではないぞ。ワシの骨に向かって手を合わせた後に箸で骨を取り上げておったぞ。あれは人間が餌を食べる時の動作そのものではないか」
「確かに似てますね、今まで気付きませんでしたよ。あれはあなたに対しての感謝というか……、死んだ者に対しての労いの動作でもあるんです」
「いや、違う。あいつはワシが死ぬのを待っておった、絶対そうに決まっておる」
彼は少し取り乱し、その場から駆けて行った。
ようやく追いついてみると、以前飼われていたご主人様の家に来ていた。
「遅かったのぉ、人間……」
彼はベランダでちょこんと座って、窓越しに部屋の中を見ていた。僕もその横に座って、彼の頭をゆっくりと撫でてみた。
「ご主人様と一緒にいた時間はとても楽しかった。ただ、ご主人様が人間のメスを連れて来てから、ワシへの気持ちが薄れたように思えて辛かった。そのメスが小さな人間を産むと、さらにワシは蔑ろにされてなぁ……」
「寂しかったんですね」
「ご主人様はワシの事が嫌いになったを思っておった。歳を取り寝てばかりのワシを邪魔だと感じておったとばかり」
「どうですか? 来て見てわかったんじゃないですか? 愛されていた事が」
「……おいっ人間。ワシは天国に行くぞ。天国に行けばお前の言うように人間に生まれ変われるのだろ? ワシはワシは……」
「そうですね、今までの記憶はなくなると思いますが、強く信じていれば……です」
彼は僕の言葉を聞き元気よく尻尾を振って見せた。そして喉を鳴らせながら光に包まれて行った。「また遊んでください」と言いながら。
「ねぇあなた。あの娘がお昼寝の時に、弟がほしいって言い出したの?」
「そうだなぁ、俺は全然かまわないよ、俺だって男の子が欲しかったし。名前だって決めてあるからな」
「そうね、あなたコウちゃんの事が本当に好きだったからね」
夜も深くなって来た頃、とあるマンションの一室からそんな会話が聞こえてきた。そんな夫婦のそばには、小さく寝息を立てて眠る女の子と、それを見守る壁一面の猫の写真がある。
作品名:Knockin’on heaven’s door 作家名:みゅぐ