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Knockin’on heaven’s door

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その9


「いいボールだ、野球やってたんだろ?」
「いえ、運動はあまり得意な方ではなかったんで。専らテレビでのナイター観戦ばかりでした」
「そうかい……。やっぱり最近は野球の人気も下火になってるって聞くし、興味を持ってくれる人も減っちゃってるんだろうね」
「……あっ、でも家にはボールとグローブはありましたよ。時々父と近所の公園でキャッチボールなんかやってましたし、そんな親子はその頃はまだいましたよ」
 よく晴れた日曜日の正午過ぎ、住宅地の一角に広がる公園の上空にて、僕等は人知れずキャッチボールをしていた。


『 セットアッパーの中川総一郎の場合 』


「そうだ、せっかくグローブもボールもあるんだから、ここで野球チームとか作れないかな?」
 今回、天国へと旅立ってもらう中川さんには少々困っていた。
 昇天の事を持ち掛けた際に「また明日に来てくれないか」と、やんわりとした口調でその場では快諾してもらえなかったのだ。そしてその翌日である今日、どこで用意したのか野球のグローブを二つと硬球ボールを持参で現れたのだ。
「チーム作るのは構いませんけど、最低九人揃わないと格好がつかないですよ。それに対戦相手まで考えたらさらに九人も……」
「じゃあ対戦相手の人集めは高野君に任せるよ。これだとお互いの苦労も半分だし……、審判はこっちで探してみるよ」
「って、僕は出来ませんよ! やりませんよ!」
 僕は中川さんに押し切られるような形で、いつしかキャッチボールを始めていた。たわいない会話をしながら、いつも眺める眼下の街並みを見ながら、あまり深く考える事もなく僕はキャッチボールをしていた。
 たったそれだけで、中川さんは笑顔でいてくれているのだ。


 ゆったりとした体勢から投げられた弓形の軌道のボールは、驚くほど正確に僕の左肩を目掛けて飛んでくる。
 ――パスン
 僕は軽くグローブを掲げるだけで捕球出来るボールを簡単に処理して、サイドスロー気味のフォームで中川さんに返す。
 ――パンッ
 中川さんは払い取るような動作で捕球すると、ボールをグラブトスして右手に取り、手元を見る事無く縫い目を探って指をかける。
「中川さんって、野球やってたんですか? 随分手馴れてますよね?」
「そうだね。……一応これでも甲子園に立った経験があるんだ」
「おーっ、めっちゃスゴいじゃないですかぁ!」
 ――パスン
 照れからなのか、わずかに球筋が乱れて胸の前で捕球する。しかし甲子園出場経験者と聞いた途端、このボールには重量以上の価値や重みがあるように僕には思えて、少々投げ返す事に怯えてしまいそうになる。
 ――パンッ
 捕球、グラブトス、一連の動作を終えた中川さんは右腕をブンブンと回し始めて、そして柔軟体操まで始めた。
「高野君、グラブは胸の高さで正面に構えて。そこから少しでも動かしたら痛い目にあうよ」
 そんな事を笑顔で言い終わると先程とは違う小さな構えから左足を畳むように上げ、鋭い踏み込みから小さく体を回転させ右腕をしならせた。
 ――パァーーーンッ!
 今まで聞いた事のない音がグローブから鳴り響き、僕は球威に押されたように右足で一歩だけ後退りしていた事に気付いた。
「す……すっっっごい球でしたよ。キャッチボールの許容範囲越えてましたよ」
「昔取った杵柄かな? 思ってたよりも球威は衰えてから、少し寂しいよ」

 僕の左手を痺れさせたあの球は、中川さんにとっては不本意だったらしい。しかし僕にはそうとは思わなかった、なぜならあの球を投げた後の笑顔が一番楽しそうに見えたからだ。
 僕等はその後も、早い球やゆっくりとした球などを投げ合って時を過ごした。


「一勝四敗。これが俺の通算成績で……生きていた証だよ」
 キャッチボールを終えた後、僕は昇天の事を忘れて中川さんと話し込んでいた。
「防御率なんて二桁だったから忘れた。二年目に初めて一軍昇格したんだけど、結局十六試合に登板したその年を最後に残りのシーズンはずっとファーム生活、たった六年で人知れず引退……」
「すいません、まったく知らなかったです……」
「いいって、覚えてもらえるほどの活躍もなかったし。当時はテレビゲームに名前が使われるのが目標って程度の選手だったからね」
 右手に持ったボールに言い聞かせるかのように、中川さんはじっと見つめながら話してくれる。満足感や後悔や多くの思い出が詰まった表情を見ていると、僕に簡単に理解出来ないくらいに野球が大好きだったのだろう。
「でも、あんな凄いボールを投げられるのに活躍出来ないなんて不思議ですよ。……やっぱり、生まれ変わってもプロ野球選手を目指しますか?」
「俺の球はプロの球だったけど、一流の球じゃなかった。ただ……それだけの事だよ、活躍出来るか出来ないかってのは。だから俺はもう一流は目指さないかな? 次の人生ではこんな感じに息子とキャッチボールがしたいな?」
「息子ぉ? って僕は息子なんですかぁ?」
「ハハハ、それもいいかもな。……俺の子供は娘が二人でね、キャッチボールなんてしなかったからね」
 ポツリとそんな事をこぼした中川さんは、薄っすらではあるが光を放ち始めていた。
「家族を実家に残して単身赴任で野球して、テレビにも映らないような二軍の選手で終わったんだ。次は家族に寂しい思いをさせない人生をやり直したいよ」
「優しいお父さん、ですね」
 僕がそんな事を言うと、照れながら中川さんは頭をかいてそっぽを向いた。
「それにしても、ありがとう。感謝してるよ、君には。こんな俺のワガママ聞いてくれて、くだらない話まで聞いてくれて」
「何言ってるんですか、僕には楽しい話でしたよ。いくつになっても、いつの時代でも、男の子にとってプロ野球選手はカッコよくて憧れの存在です」
「嬉しい事言ってくれるね、高野君。出来れば俺が現役時代に言ってほしかったな……」
 生きていた証だけでは表せない、沢山の何かを背負っていた背中が、僕の目の前で小さく震えていた。
「中川さん、またキャッチボールしてくださいね」
 僕のその言葉に、ようやく聞き取れるほどの声で「分かったよ」と返事をしてくれた中川さんであったが、その後はうつむいたまま動かなくなってしまった。
 その時僕は気が付いた。また、出来もしない約束をしてでも喜ばせようとしている自分自身に……。
 軽い気持ちで「がんばれ」など言うのは嫌いだった。その人の人生での経験や苦悩も知らずに、他人の僕が背中を押してあげるのは無責任のように思っているからだ。
 だけど今回はそれとは違うのだと、そんな気がした。このまま中川さんを、後悔を残したまま昇天させてはいけないと感じていた。
「本当は……辞めたくなかったんでしょ? 止められないんでしょ? また次でも……野球やってくださいよ」
 僕のそんな言葉を聞いて、中川さんはゆっくりと上を見上げた。それと同じくして体を包む光も、徐々に強さを増し始めていた。
「どうせやるなら、メジャーくらい目指してみるかな? 次はもっと恵まれた体に魂入れてくれって、高野君の上司に伝えておいてよ」
「管轄外ですよ、流石に」
作品名:Knockin’on heaven’s door 作家名:みゅぐ