ちっぽけバンド奮闘記
ボロの外観で老舗の雰囲気をかもし出すマチダ楽器。
中からベース音が聞こえる。
龍児は開きにくい引き戸を開け、店に入った。
「こんにちはー」
「おう、よく来たな。まあこっちに来いよ」
店長の前に黒を基調としたキャップを被った男がベースを持って座っていた。
「あ、こんにちはどーもー」
男はこちらを向きすぐに挨拶をしてきた。
楽器屋というのは数少ないバンドマンの交流の場だ。
出会った人に「こんにちは」や「お疲れ様です」は、極当たり前のことだ。
「あ、どうもこんにちは」
龍児もペコっとおじぎをしながら挨拶を交わした。
店長が横から入ってくる。
「海斗、こいつが例のドラムな。龍児、お前確かバンド組んでなかったよな?」
「そうっすね、入るアテもないですし・・」
男はベースをスタンドにかけ、喋りだした。
「俺、下田海斗。一応ベースやってる。学校行ってないけど一応高3な」
キリッとした目と眉、耳にはピアス、顔も整っているいわゆる「イケメン」だ。
「あ、自分大商2年の森平龍児です」
龍児は先輩ということに気づき、腰を低くする。
「まあま、とりあえず音合わせてみよ!店長、Bスタ借りるよ」
「え?あわせるって・・」
展開の早さに今ひとつ空気が読めない龍児。
「実はバンド組もうとしてるんだけど、ドラムがいなくてさ。で、店長に紹介してもらったってわけ」
「そ、そうですか・・」
「メロコアとかパンク系やってんでしょ?俺そっちのジャンル大好き」
龍児は中3の夏休みにメロコアに出会った。
高校に入って、本格的にドラムを始めようと思い、ドラム教室に通うことに決めた。
もちろん自費だ。
しかしそこで気づいたら、ジャズを叩かされていた。
入って1ヶ月半、龍児はこんなはずはなかったと、やめてしまった。
それから電子ドラムを買うも、バンドを組むことはなく、毎日技術とバイトでの貯蓄ばかり溜まる毎日だった。
自分なりに工夫して練習し、ツインペダルもほしくなり購入し、本格的にパンクの道へ進むことができた。
Bスタジオと書いてある重い扉を開け、スタジオ内に入る。
ドラム教室で入ったときのスタジオより狭く、古臭い感じの雰囲気だ。
「どんな音楽聴いてるの?」
海斗がペグをまわしながら言う。
「結構幅広く聴いてますけど、locofrankが一番好きですね」
「locoな、じゃSTART弾ける?」
「あ、分かりました」
locofrankの代表曲ともいえる「START」。
終始攻めの曲だが、時折入るハーフビートが心地よく、爽快感のある曲。
龍児は誰かと音を合わせたことがない。
さらに、もうしばらく生ドラムには触れてなく、電子ドラムで毎日練習していた。
電子ドラムと生ドラムでは要領が少し異なり、リバウンドやタムの位置などに違和感を感じるものである。
不安だらけの龍児の手に汗が握る。
店長から借りたツインペダルをつけ、スネアの位置を念入りに調整する。
「気楽に気楽に。じゃはじめよっか」
海斗は準備万端だ。
龍児も身構える。
・・・
「あの・・」
少しの静寂の後、困ったような顔の海斗。
「え?」
龍児は何がなんだか分からず、戸惑う。
「カウント取ってー」
「あっ」
龍児は恥ずかしそうに頭を掻いた。
音を合わせたことのない龍児。
海斗は大丈夫か?というような目で龍児を見る。
仕切りなおし、2人は身構える。
龍児は無心でカウントを取った。
作品名:ちっぽけバンド奮闘記 作家名:あるぱけ