ちょっと怖い小咄【一幕】
小咄其の弐 『カマドウマの夜』
ちょっと昔むかし。ある山奥の村に、マタギの半平太という男が住んでいた。狩
りを終えて帰ってきた半平太。熊をも恐れぬ勇猛なマタギだが、土間の暗がりにカ
サカサと動く小さな影にびくっと震え飛び上がった。
「ひっ・・・なんだ、ネズミだか。脅かすんでねえ」
彼はある虫が嫌いだった。文字通り、虫が好かないというやつである。畑も耕す彼
は害虫だろうが毒虫だろうが怖くはない。ただ…
カマドウマだけは特別だ。以前疫病で死んだ隣の爺さんと同じような、不健康な肌
色の体皮。茶色く浮かんだ痣かシミのような模様。便所コオロギのあだ名の通り、
わざわざ不快な場所を好んで住み着く。
そのくせ、これがまた元気なのである。まるまると太った胴体やむやみに長い脚。
それがぴょーんっと跳ねる。跳ねて迫ってくる。そのくせ叩けばすぐ死ぬ。その極
端さがどうしても許せないのである。
ぴょん。
そして、今夜もそいつは薄暗がりからやって来た。
「しっしっ! あっちさ行け!」
追い払えば、不思議と寄ってくるものだ。半平太は手元の薪を投げつけた。跳ねて
逃げ回るカマドウマ。少しするとまた戻ってくる。業を煮やした彼は猟銃を取り出
した…とたん、
びょん!
「う、ぅわぎゃーっっ!」
カマドウマはオソロシイ跳躍力で半平太の顔めがけて飛び掛り、見事彼の鼻の頭に
着地した。目を白黒させて鼻の上を凝視する、と。
「ワシもお前が嫌いじゃよ」
その虫はシミだらけの老人の顔を憎々しげに歪ませ、そう言い放つとまた、ぴょ
ーんっと飛んで逃げていった。
・・・おしまい。
作品名:ちょっと怖い小咄【一幕】 作家名:JIN