珈琲日和 その8
湯気に淡くなった彼がラーメンを啜りながら、ふと真剣な表情で言いました。
「惚れるのも早いんですけど、振られるのも早くて。どうしてか、すぐ捨てられっちまうんですよ。商売柄とでも言えるんですかね」
「それは、どう言う意味で?」
「いや。俺、ガキの頃から、古びたようなガラクタが大好きで、親に怒られてもどっかから拾ったりして集めてたんですよ。どうも、物を捨てるのが苦手で、捨てられてる古いものとかガラクタとか見るとどうしても放っとけなくて、拾ってきちまうんですよ。だから、古物商なんて始めたんですけど。ここにあるのは所謂捨てられた物達なんです。元の持ち主に捨てられて、もしくはどうしようもない事情で手放された物達なんです。中には何度も捨てられたような物もある。古道具屋やリサイクル屋は、そんな捨てられた物達が、また大切に使ってくれる誰かに拾ってもらえるのを待っている所なんです。そんな店の店主をやってんだから、俺もそんな風にされても、ま、仕方ないのかもしれないなと」
成る程。面白い見解です。
言われてみれば確かにそんな気もしますが、ただ、捨てる人がいるように、必ず拾う人もいるのですから。きっと捨てられた物達に愛情をかける彼は、そんな事は言わなくても承知しているでしょうから僕は頷くだけで、それについては特に敢えてなにも言いませんでした。
「人も物も幸せになる為に頑張るんでしょうね。ご馳走様でした」
彼は脇に立っている大黒様のような嬉しそうな笑みを浮かべて、ぺこりと一回お辞儀をしました。それに倣うように柱時計が一斉に鐘を打って時を告げ始めました。
その音を後ろ手に聞きながら、僕は店までの道のりを、横手にもう咲き始めている白梅の花を見ながら、明るい音を騒がしくたてる大きなビニール袋を片手に、思いついた出鱈目な口笛を吹きながらゆっくりと歩いて行きました。
行き過ぎる車の音も空気と同じでどこか膨らんで聞こえるようです。
陰っている剥き出しの土には霜柱が溶け切らずに立ちすくんで残っていても、春が少しずつ近くなっているのを感じる陽気です。
厳しい冬の寒さの後には、必ず春が訪れるのです。
「あなたみたいな人は、喫茶店のマスターがとても性に合っているわ」
そういえば昔、妻もそんな事を言っていたのを、ふと思い出しました。
確かあれも凍える寒い冬の日だったのです。 いやはや。
喫茶店は人の行き来を見守る、一時の休息場所とでも言いましょうか。