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闇の診殺医・霧崎ひかる

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karute-3  「目」


 昼でも日の当たらない雑居ビルの一室、看板もないうさん臭い店が並ぶその中
に、「霧崎(きりさき)眼科」とドアに書かれた一室があった。そこにやって来
たひとりの女。流行のファッション、手入れされた巻き毛の長髪。美しいが整い
過ぎた、年齢の読めない顔。

それは表情もなくさながら人形のようでもあった。

「…どなたか、いませんか?」

女が部屋に入る。部屋はさらに暗く、チューンの外れたラジオのニュースが聞こ
える。 歓楽街に起る通り魔事件、美少女たちの顔を切りつけられる…そんな物
騒な話題ばかりが。奥から涼やかな声が響いた。

「――いらっしゃい。よくこの病院にたどり着いたわね。」

まるで客が来るのが不思議だ、とでも言いたげだ。陶磁のような肌、整った顔立
ち、 神秘的な黒瞳。黒のスーツに白衣をかけたラフないでたち。相対する女と
また別に現実感が乏しくなるほどの美貌である。しかし圧倒的な瞳の奥の光…意
志の強さが見える。そんな女医に羨望とも敵意ともとれる視線を投げ、女は言っ
た。

「…きれいに、なりたいの」


 * * * * *


「なに言ってるのかしら? ここは眼科。美容外科じゃ…」

ない、そう言おうとした霧崎の言葉を遮るように女は話を切り出す。切実な口調
だが、表情は変わらない。
「私、整形手術は何度か受けています。初めて整形した時は皆が私を振り返り、
賛美 し求愛してくれたわ。私、幸せだった…でも、それも束の間のこと。どん
なに顔を整形しても美の基点は移り変わり、飽きられ、疎まれていくの。一番の
美人にはなれないのよ!」
青白い顔で吐き捨てるように言う。
「そう、それで何度も整形を繰り返して…でも、そんなの気にしていいたらノイ
ローゼになるわよ。粘土細工じゃないんだから、整形のし過ぎはよくないわ。顔
の神経が硬直気味だし、若干顔面神経痛も入っているわね。とにかくしわの一つ
もない顔なんて」
「いやッ! わ、私は綺麗でいたいの、皆がうらやむ美貌でなければいやなの
よ! これ以上整形できないなら、他の女性の美しい顔を見るくらいなら…いっ
そ、この目を潰してほしいわ…」
錯乱する女。手をカバンに差し込み、何かを取り出そうとしては、自らそれを制
する。
「ふうん。それで目の手術を? さすがにそれは勘弁だわ。」
(実験も出来ないし、ね)
小さな声で、闇色の女医はつぶやいた。
「確かにその顔はもういじりようがないわ。どこかの歌手のように崩壊しかねな
いでしょうし。―――なら、あなたより美しい顔が見えなくなれば、良いのね?」
眼科医の黒い瞳が、残酷に輝いた。
「ええ、お金ならいくらでも出すわ。どうせ馬鹿な男たちに貢がせた金がいくら
でもあるし。こ、このままじゃ、私、また何をするか…先生、あなたのような綺
麗な顔を…切り刻んでやりたい…!」
わなわなと手が震え、女の瞳に闇の濃さが増す。女が再びカバンに隠し持った何
かを持ち出そうとした。鈍く光る銀色のそれは、鋭利な刃物のようだ。しかしそ
の手の動きはぴたりと止まった。強烈な睡魔が女を襲う。

「承知しました。改めまして、担当します霧崎ひかるです。あなたがここに来れ
たのはあなたに歪みがあったため。社会に歪みがあったため。そういう歪みを正
すが私のような“診殺医”の努め。きっとあなたが、社会が認める成果をあげて
みせますわ。たとえ少々強引でも、ね。」
「あ、ああ…」
 ひかるの手にはいつの間にかスプレー缶があった。催眠ガスにまどろむ女に霧
崎は艶然とほほ笑み、ゆっくりと歩み寄っていった。

作品名:闇の診殺医・霧崎ひかる 作家名:JIN