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ひとつの桜の花ひとつ

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夜のデートは久しぶりに


「で、ほんとにお芝居観るの?」
「うーん、当日券あるかなぁ」
「本田劇場まで行かないと、わかんないけど、たしか公演って加藤の審判だからチケット高いよー」
つかこうへい劇団の加藤さんが1人芝居をしてたのは知ってたし、劇場も大きいから、値段が高かった記憶だった。
「高いんだ・・」
「うん、それならなんかいいご飯食べたほうがいいよ。それに、観るなら、今度チケット買って、つか劇団の紀伊国屋ホールでやるほうがいいや、俺」
加藤さんも劇団員だったけど、今やってるお芝居はロシアの芝居だったから、そんなに興味があるわけではなかった。
「そっか、じゃぁ なんか食べちゃおうかぁ」
「うん、そっちがいいや、俺」
なんだか、背広着て、コート姿だったから腕をつながれて歩いてるのは少し恥ずかしかった。
「焼き鳥か、広島風お好み焼きか、それともステーキにする・・」
「なんか すごいめちゃくちゃなような気がするけど、劉・・」
「そうかぁー おいしいところの店の名前出しただけ・・」
「ステーキ屋さんの ハンバーグにしようかなぁ・・おなかすいちゃったし」
「カウボーイでいいんだよね、それって・・」
路地を少し入ったところのアメリカの西部劇に出てきそうな外観の店で、肉がやたらでかいステーキハウスの名前を口にしていた。
「だって、あそこ安いよね、おいしいし」
「じゃぁ、そこにしようか、今なら並ばなくてもいけるかも・・」
人気の店でよく夜には店の前の椅子に待ってる人が4、5人がいつも並んでいた。
「うん、あそこのおっきなハンバーグがいいや、わたし」
「俺は肉食べようっと」
路地を左に折れて、古本屋さんを右に狭い路地を曲がると、もういい匂いがいっぱいだった。
少しだけ早い時間だったし、月曜だったから、運よくお店の前には誰も並んでいないようだった。
「おっ すぐに座れそうだね」
「うん、よかったね、外で待つのは寒いもん」
さすがにまだ、2月だし夕方になるとまだまだ寒い風が吹いていた。
「いらっしゃいませ、お二人でよろしいですかー」
カントリーシャツの店員さんだった。もちろん足元はウエスタンブーツだった。
「はぃ」
案内されたのは奥の右側の席だった。コートを脱いで、背広も脱いで直美に渡して椅子に座っていた。
「わたしは、このジャンボハンバーグね、劉はどれにするのぉー カウボーイステーキ食べちゃうの・・」
「いや、それってでかいから、こっちのハーフパウンドステーキにするわ」
225gのステーキだった。
店内にはいつものようにウエスタンミュージックが陽気に流れていて、カウボーイハットの店員さんに注文を告げると、にこやかな笑顔だった。
「あっ、休みとれたの水曜日・・」
「うん、変わってもらったから、木曜の休みと・・」
「よかったぁー それ1日気になってたからさぁ」
「ちょっと無理やり交代してもらったから、後でなんかお礼しないとだなぁ・・」
「で、連絡したの、夕子ちゃんには」
「まだだけど、帰ってからでもいいよね」
「うん、いいんじゃないかな」
「うん、そうするね」

「おっ おいしそー」
「うわぁー」
テーブルの上に鉄板からおいしそうな音を立てながらのハンバーグとステーキが運ばれてきていた。
「熱いから気をつけて食べなよー」
「劉こそ、ゆっくり食べなさいよね、サラダもちゃんと食べてね」
言いながらサラダを小分けしてくれていた。
「どれで、食べようかなぁ、ドレッシングは・・」
「わたしは ゴマにしようかな」
「うんじゃ 俺も」
言うと、一緒にドレッシングを振りかけてくれていた。
「では いただきまーす」
「うん、おいしそう」
直美もうれしそうにハンバーグを口にだった。
「でさ、大学で待ち合わせになるのかなぁ・・夕子ちゃんとは」
「そうだと思うけど、それも今夜聞いてみるから」
「うん、やっぱり発表時間に合わせていくのかな」
「そりゃそうでしょ、ぴったりってわけじゃないとは思うけどね」
「時間前に一緒に待ってるのって俺、イヤだからね」
「そりゃそうかもしれないけど、わがまま言わないでよね、夕子ちゃんの付き添いなんだから、夕子ちゃんに任せなきゃ・・」
「うーん、やっぱり発表見に行くのやだなぁ、俺・・」
「そんな 小さいこと言わないの」
おいしい肉を食べながら、なんだか怒られていた。
「昨日もいったけど、合格なら、こんな楽しいことないじゃない」
「うーん、そうなんだけどさぁ」
「合格したら、おいしいご飯でも食べさせてあげようよ、夕子ちゃんに、ねっ、劉」
「そうしますか」
「うん、さ、食べようよ、おいしいんだから」
「うん」
「さっきから・・待ってるんだけど・・お肉こないなぁ」
フォークを片手で見つめられていた。
「ごめん、忘れてた」
「もー ずっと待ってるのに・・」
「ごめんごめん、はい」
言いながら切った肉を直美のお皿に乗せていた。
「あっー 昔は口に直接くれたのになぁー」
「言えば あげるよ、ほら・・」
「やだ、いいってば」
恥ずかしそうな顔だったけど、うれしそうにいつもの笑顔だった。
「劉さ、食べ終わったら、真っ直ぐ帰ってもいいかなぁ」
「うん、いいけど、なんか用あるの、なかったら、ケーキでも食べて帰ろうか」
「あっ ケーキなら、買って帰ろうよ、えっちゃんのとこがいいや」
豪徳寺の直美が大好きなケーキ屋さんだった。
「そうしようか、ゆっくり家で食べようか」
「うん、いっぱい食べられるし、家のほうが・・」
また、にっこりだった。
「じゃぁ、食べ終わったら、帰らないとだね」
「うん、8時までだよね、お店開いてるの」
「たぶん、そのはず」
「ねぇ、今夜も泊まっちゃってもいいよね」
「えっ、いいけど」
「あー うれしそうじゃない・・」
「そんな事はないって、いいよ、泊まってって、学校休みになったし」
「うんうん、そうだよね」
「でもさ、ベッド狭くないの・・直美って」
「狭くないけど、あっー 買っちゃおうか、もっと大きいベッド」
「あそこにでかいベッドは狭いんだけど」
机も本棚もあったし、そんなものを買ったらものすごく狭くなりそうだった。
「そうかなぁー置けそうだけど、測ってみようっと」
無言で少し笑い顔でこたえるので精一杯だった。
「はぃ どうぞ」
口元にハンバーグを出されていた。
それも、すごいうれしそうな笑顔の直美だった。
「あっ 梅の花咲いてるんだぁ」
直美が指差したところに、明かりに浮かんだ梅の花が塀の向こう側に小さく咲いていた。あと、1ヶ月で、この生活も1年になろうとしていた。
笑顔の変わらない直美がうれしかった。

作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生