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ひとつの桜の花ひとつ

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あわただしく、仕事も直美も


なんだか、朝から若い人のお客様が多くてあわただしくしていると、もう夕方になっていた。
おかげで、なんだか2件も契約を取っていたから、主任はごきげんだった。
いそがしくって、みんなで4件の契約を結んでいた。

「こちらも、よろしかったらどうぞ」
言われた家賃の条件に近い間取り図の入ったファイルを女の子の座っているカウンターに見やすいよう差し出しながらだった。今日はこの人で、8人目の応対だった。
「これって、すごく安いような気がするんですけど・・」
1枚の間取り図を指差されていた。
「はい、安いですよ、理由は築年数と日当たりが少し悪いので・・1階なんですよね」
なんだか、まるっきり不動産屋さんの台詞だった。
「あ、それでですか」
「1階とかは平気ですか」
「できれば2階以上がいいんですけど、でも、これって安いから・・日当たりってどれくらいなんですか・・」
「南に窓向いてるんですけど、前の家と間隔があんまりないので・・」
「そういう意味ですか・・」
「よかったら、見にいきますか、格安には違いないんですけど、でも、やっぱり少しは古い感じですよ」
会社の中にいるより、物件案内はけっこう好きだった。ま、変な人だとちょっとイヤだったけど。
「いいですか、予算あんまりないんで、贅沢言えないんで・・」
「いいですよ、ちょっと、待ってくださいね」
振り向くと、鍵を手に石島さんだった。
「大丈夫、残業になっちゃうけど・・もうこんな時間だし」
申し訳なさそうに小さな声でだった。時間は5時10分前だった。
「あ、大丈夫です、お客様ご案内してきます」
「そう、ごめんね、お願いね。 それと、今日掃除の業者さんが入ってると思うから、それもチェックしてきてくれるかな・・それと、畳と壁紙も今週変えるからね」
「はぃ ご説明します」
返事はしたけど、全部、女の子にも聞こえていそうだった。

「少し歩きますけど、いいですか」
「はぃ、ちょっと遠いんですよね、これって」
物件のコピーの紙を見ながらだった。
「大学生なんですか・・」
「今度3年生なんですけど、校舎が渋谷になるから、それで引越ししようかって、契約切れるから」
「そうですか」
「あのう 若いですよね・・」
「えっ・・」
「いや、若い人だなぁって思って・・不動産屋さん」
不動産屋さんって言われていた。
「あ、えっと1個したですね、歳は」
「へーそうなんだ」
「えっと、そこの靴屋さん曲がって、道なりです」
「どれくらいですか、実際歩く時間って・・」
「駅出てからだと、9分ぐらいかなぁ」
「うーん 安いんだからしょうがないかぁ・・あ、私っておしゃべりですか・・」
「いや、だまーって一緒に歩かれるより全然いいです。それって、けっこう疲れちゃうんで」
「そうだよねー」
なんだか、明るい人で笑いながらだった。短い髪でかわいい人だった。
「この歩いてる時が無言だと、疲れちゃうんで、なんでも聞いてください、それが助かります」
「おもしろいね、不動産屋さんって」
「おもしろくはないですよ」
「じゃぁ、話しやすいね」
「それも、どうかなぁ、あっ どうですかね」
うっかり、話につられていた。年代が近いお客様はどうにもつられて敬語を忘れがちだった。
「あっ、普通にしゃべってよ、疲れちゃうから」
「はぃ」
ちょっと苦笑いだった。
「あ、あそこの角です、見えますか」
「茶色っぽいのかな・・」
「そうです。ちょっと年数は経っちゃってますけど、内装は変えますから、前の人長かったんで・・」
「そうなんだ・・うーん10分かかっちゃうか」
腕時計で駅からきちんと計っていたようだった。
「しっかりしてますね」
「見かけよりはね」
「ここの1番手前なんですけど」
1階の道路に1番近い部屋だったから、家賃が安く設定されていた。
「ふーん、思ったよりは ボロくないけど」
「そうですか、よかった」
「中を見せてもらっていいかなぁ」
「はぃ 今開けますから」
言いながら鍵を差し込んでドアを開けて 中にご案内だった。
「自由に見ていいですから・・」
女の子1人だったから、ドアは開放して中にだった。
「壁紙と、この畳は変えてもらえるんですよね」
「お店で聞こえたとおりです」
やっぱり、聞こえていたようだった。それから、いろいろ細かく見ているようで、きちんと水まわりとかも点検しているようだった。
「はぃ わかりました」
「もういいですか」
「うん」
てきぱきって感じもだったけど、あっさりって感じでもあった。
少し古いのと1階を我慢すれば、すごく格安物件だったけど、女の子はちょっと無理かなぁって考えていた。
「帰りますけど、どうしましょう」
「私、この辺の近所も見てから帰りますから、あとで、すぐに電話します。それでもいいですか・・」
「いいですよ、ただ、帰る時間なんで、いなかったら他の人でもわかるようにしておきますから・・店は6時までですから」
言いながら、名刺を渡していた。
「そうなんだ、えっと、でも、お店に戻ってるころには、電話入れますから」
「はぃ お待ちしております、では失礼します」
「どうもー」
なんだか、頭を元気に下げられていた。

会社から駅をはさんで反対方向の物件案内だったから。会社の前まで戻って時計を見ると、5時40分を過ぎていた。夕方で人通りが多くなっていたから少し時間がかかっていた。
「遅くなりました、もどりましたぁ・・」
大橋さんも石島さんも店の中で、事務処理みたいだった。
「おかえり、かわいいお客様お見えですよ、柏倉君」
主任の大橋さんが顔を向けたほうの椅子にちょこんって直美が座って笑顔だった。
「どうしたの・・」
びっくりして、近付いてだった。
「電話したら残業って言われたから、遊びにきちゃった、ここ来たことなかったし」
恥ずかしそうな笑顔でだった。
「ちょっと、待っててね、もう帰れるから・・」
「あ、柏倉くんあがっていいよー、ごめんねー」
鍵を主任に返すと笑顔で言われていた。
「あ、さっきの人なんですけど、電話待ちです、えっと、名前は、黒川直子さんですね・・」
「あ、その人、いま、電話あって、決めるって、でも、明日の朝1番で来るらしいから、柏倉君引き続きやってくれる・・」
「あ、いいですけど、」
「うん、あがってね、今日3件だね、6時まで残業付けとくから、いいよーこのまま、上がっちゃって」
「あ、すいません、じゃあ あがります」
カバンを取りながら言い終わると、直美も横で頭を下げていた。
「おじゃましました、すいませんでした」
「ごめんね 待たせちゃって・・」
主任も石島さんも一緒に同じ言葉を出していた。
「いえ、押しかけたみたいで、こちらこそ・・」
「すいません、では、お先です」
「お疲れ様」
ドアをでて 外からまた直美はきちんと頭を下げていた。
石島さんが手を振りかえしたのには、少し笑えていた。

「どうしたの、急に」
「5時ちょっと前に電話したら、外出てるからって言われたから戻ってきたら待っててもらうように電話で言って、来ちゃった」
「いや、それはわかるんだけど・・急用なの・・」
「全然ちがうけど、お芝居でも観ないかなぁっておもって・・」
「えっ・・なに、急に・・観たいのやってるの」
作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生