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ひとつの桜の花ひとつ

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梅の蕾のふくらみの日




   1981年、冬は如月、梅月ゆえの花ばなし


マンションの小さな庭のかたすみの白い梅の花のつぼみが大きくなりだした2月のことだった。

日曜の早い夕飯を食べ終わると、電話のなる音が響いていた。
「電話鳴ってるよー 劉ってばぁ・・」
ちょうど入れたてのコーヒーのマグカップに口をつけたところだった。
「うん、いまでるってば・・」
直美は台所で、食べ終わった食器を片付けているところだった。
「もし、もし、柏倉ですけど」
「あ、こんばんわ、お久しぶりです。夕子です」
聞きなれた声が受話器の向こうでだった。
「うん、元気かぁ・・」
「はぃ、元気なんですけど、お願いがあるんですけど・・」
「うん。なんだろう・・」
「えっと、ほんとうは直美さんいませんか・・今、直美さんの部屋に電話したんですけど、いなかったんで、そっちかなぁって・・」
「なんだぁ、俺には、用はないんだぁ・・」
声を聞いたときから、俺じゃなくて直美に用事があるのかなぁっては思っていた。
「いえ、あのう、そういうことでもないんですけど・・」
「ちょっと、待ってね、代わるから」
高校生の夕子とは1月の末に退院する前の日にあって以来だった。
「夕子ちゃんが、直美代わってって・・」
「えー、夕子ちゃんかぁ・・今、行くね」
手をタオルで拭きながらだった。
「なんか、直美にだってさ・・」
「あ、ごめん、もちょっとだから 洗ってね 劉」
「うん、いいよー」
受話器を渡して代わりに台所にだった。

「夕子ちゃん、なんか、相談ごとなの・・」
食器を片付けて、またコーヒーを飲んでいると話を終えた直美が横にコヒーカップを片手に電話を終えて戻ってきていた。
「困っちゃったなぁ・・」
「なんなの・・水曜って」
最後のほうだけ話の内容が聞こえていて、水曜日にって夕子に言われていたみたいだった。
「水曜日って、バイト休みかな、劉って」
「うん、休みになってるけど」
学校はもう俺も直美も試験は終わっていて、実質春休みになっていた。
「私は入れちゃってるんだけど、替わってもらおうかなぁ・・」
「水曜日に、頼まれごとなの・・」
「うん。夕子ちゃん発表なんだって、試験の」
「あっ、そうか・・で、発表の日になんなの・・」
「それが、私に一緒に試験の発表見に行ってもらえないかって、言うんだよね・・夕子ちゃん・・」
「へー そうなんだぁ・・」
俺じゃなくて良かったってほっとしていた。
「で、直美返事したの・・」
「明日、バイトのシフト交換できたらねって言ったんだけど・・どうしよう・・行ってあげたいけど・・」
「そっかぁ、受かってるといいね、大丈夫かなぁ・・」
一緒に行って 不合格なんかだったら、俺だったらどうしようって考えていた。
「大丈夫だと思うんだけど・・一緒に 劉も行ってよ」
「えっー 俺、ダメそういうの・・」
「私だって、ダメだってば・・だから水曜日にバイト休みなのって聞いたんじゃない」
「受かってりゃいいけどなぁ・・・どうなんだろう、自信ないのかなぁ、どうなの・・」
「自信あるのなんて聞けないでしょ」
そりゃそうだった。
「劉って、去年1人で見に行ったの・・」
「うーん、そうだね・・落ちてたらかっこ悪いじゃん。直美もでしょ」
「1人で見に行ったね、私も・・」
自分の番号が抜けてるのって、なんだか、頭が悪いって言われてる感じじゃなくて、全人格を否定されたような気がした記憶だった。
「一緒にいってよね、劉も、1人じゃ困っちゃうよぉ」
「うーん、受かってれば問題ないもんね、そうだよね、そっちならいいんだもんね」
少し自分に言い聞かせていた。
「うん、そうだよ、受かってりゃ問題ないもん」
なんだか 直美も言い聞かせているみたいだった。

「まだ、杖なんでしょ、夕子ちゃんって・・」
「どうだろう、そろそろはずれてるかもよ、ギブスも・・」
「太ももからだから、長いぞぉ、あの子のは・・」
「そうだねぇ、劉のもこうやって見ると大きいけど・・」
外れたギブスはなんだか、直美が棚に飾るんだっていって、TVの横のちょっと離れたところに綺麗に置かれていた。
知り合いにかってきままに書かれた文字がいっぱいのギブスだった。もちろん直美の文字が1番多かった。
「俺は休みだから 確実でも、直美ちゃんと休めるの・・俺だけってイヤだからね、夕子と一緒に発表見に行くのって・・」
「午前中だよね 発表って」
「うん、そうだね、10時ごろからかな」
「なら、午後からバイトになってもなんとか見にいけるから・・」
「あー、もしかしての後が困るんだから、発表見た後に直美にバイト行かれたら困っちゃうってば」
「合格なら 問題ないって・・」
さっきから、なんだか同じ事の繰り返しをしているようだった。お互いどうにも、乗り気の話じゃなかったようだった。
「心配しても、しょうがないね、私たちが・・」
「うん、やめようよ、合格祈っておこうか」
「うん、大丈夫、きっと夕子ちゃん合格だから、だって私が勉強手伝ったんだもん」
少しだけ笑顔の直美に戻っていた。
「うん、そうだね、大丈夫だよ きっと合格だって・・」
俺も、笑顔を見せていた。
だけど、やっぱりお互いに まずいほうの結果のことも考えていたようだった。口にはださなかったけど。
「なんか急に、自分の発表みたいにドキドキしちゃってきちゃった・・」
「うん、俺も、なんだか、そうみたい・・」
一緒に笑いながらだったけど、なんだか違う笑いだった。
「あとで お酒飲もうかな、俺・・」
「あー 私も・・」
今度は、気持ちが一緒で いつものちゃんとした笑いになっていた。


作品名:ひとつの桜の花ひとつ 作家名:森脇劉生