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陰陽戦記TAKERU 後編

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「ぐはっ!」
 俺は石畳に転がった。
 全身に痛みが走って一瞬だが呼吸が止まった。
 目の前の野郎を挟んだ向こう側にも学が同じような状態で転がっていた。
「どうした? もう終わりか?」
 饕餮は余裕な顔をしていた。
 俺は饕餮を睨みつけながら立ち上がった。
「野郎……」
 だけどどうすればいいか俺には分からなかった。
 俺達は同時に飛び込んで隙を見て青龍の力を放つつもりだった。
 だが奴はそれを見抜いていて学の攻撃を受け止めると即答蹴りを放って学を吹き飛ばすと角から雷撃を放って俺を攻撃した。
「貴様達の企みなどお見通しだ。この娘を助け出してから我を倒のだったのだろうがそんなのは無理な話だ。貴様の能力や戦い方はすでに頭に入っている、まして奴は戦いに関しては素人だ。恐るるに足らぬ」
 だな、いくら鬼と戦う力を持っても所詮戦うのは学、基本的に力押ししか出来ない、
「この娘の事を思って来たのだろうが所詮は無駄な悪あがき、連れて来るなら別の者に擦ればよかったな?」
 挑発だろう、饕餮は学に向かってわざとらしく目を細めた。
「くっ……」
 案の定学には手応えがあった。
 加奈葉の体でその視線で見られて効かない訳が無い、
「黙りやがれ!」
 俺は立ち上がる、
「そりゃ人には得手不得手があるよ、そいつは間違いなく肉体派じゃねぇ…… だけどな、そいつは加奈葉を、好きな奴を守りてぇと思ったからここに着たんだ!」
「ほう、それでどうなった?」
「んだと?」
「その思いとやらでこの娘が救えるのかと聞いているのだ。」
「救えるとか救えねぇとかの問題じゃねぇんだ。理屈じゃねぇんだよ」
 こいつら魔獣には何言っても分からねぇ、だけど人間には戦わなきゃならない時があるんだ。
 例え勝ち目が無くても好きな女が嫌いだって言っても戦わなきゃならない時だってあるんだ。、
「フン、愚の骨頂だな、力なき者が何を言おうとも悪あがき以外の何物でもない、潔く諦めるのが男と言う物だろう?」
「ハッ! 魔獣にも冗談が言えるとは思わなかったぜ……」
 オレは剣を持ち上げる、
「てめぇは男ってモンを何も分かってねぇよ、例え勝ち目が無かろうが戦うのが男ってもんだ!」、
「莫迦め、勝ち目のない戦いなどに何の意味がある?」
「あるね、それは誇りってんだよ!」
 俺は言うと今度は石畳に這いつくばってる学を見る、
「学! 立てっ!」
「武……」
「お前は加奈葉を助ける為にここに来たんだろ、俺との約束忘れたのか?」
 俺と一緒に行きたいと言ったあの時のこいつは理屈で動いてなかった。
 こいつはあの時と違う、暗黒天帝に操られていた時と比べりゃ充分変わった。
「例え加奈葉がお前の事を何とも思われなくても良いんだろ? だったらさっさと立て! 嫌われようが何しようが最後まで我を通しやがれ!」
「っ!」
 学の目が見開いた。
 その目の中には光が映ってる、どうやらまだ死んでねぇみたいだな、
「そうだ…… 僕は戦う! どうせ好きじゃ無いならとことんやって嫌わるだけだ!」
 学は大剣を支えに立ち上がった。
 すると饕餮は鼻で笑った。だけど笑うのはこっちの方だ。
「加奈葉の事だよ、あいつがそう簡単にお前に乗っ取られると思ってんのかよ?」
 こいつは加奈葉を利用して体を乗っ取った。
 だがあいつがそう簡単に嫉妬なんかに負ける訳が無い、
「莫迦な、この娘の心の闇を植え付けたのはお前なのだぞ、そんなお前に何が分かる?」
「俺は知ってるよ、そいつはタマじゃねぇってな!」
 俺は断言できる、
 あいつは一見乱暴に見えるけど実は他人を思いやれる優しい奴だ。
 長い付き合いだから分かる、
 あいつは短気で怒りやすくて暴力的で女らしさのカケラもねぇが、1つだけ美和さんと同じ所がある、それは根が真面目だって所だ。
 正直あいつはガキの頃から仕切りやで熱くなり過ぎて周りの事が見えなくなるタイプだが、曲がった事が大嫌いで学が上級生にイジメられてる時も怯まなかった。
 考えてみれば俺もこいつに助けてもらってばかりだった。
 幼稚園の頃から何か忘れ物した時はなんやかんやで貸してくれたり、小学校の時に学と知り合ったのもこいつがいたからだし、中学の頃に骨折して入院した時もこいつは毎日のように見舞いに来てくれた。
 つい最近じゃ学を助けられたのだってこいつがいたからだ。
 それだけじゃない、鬼退治や四凶と戦う事に集中できたのも加奈葉が陰から支えてくれたからだった。
 鬼とは戦えないけど加奈葉には俺達に無い力がある、人を勇気づけて後押しする事が出来る、
 それは凄い事だと思うし感謝もする、だけど俺は……
「加奈葉ぁーっ!」
 俺は大きく息を吸うと腹の奥底から叫んだ。
「よく聞けっ! お前が何と言おうが、例え世界を破壊してでも、美和さん本人が俺を嫌いでも、俺は美和さんを愛してる!」
「世迷い事を…… この娘にはもはや自我などない、我が食い尽くした。あるのはただの残留思念だ」
「んだと?」
「残念だったな」
 饕餮は加奈葉の魂を喰らって体と陰の気を奪った。
 そして残ってるのは加奈葉の記憶だけだと言う、窮奇みたいに洗脳した訳じゃねぇって事か……
「結局この娘を助けに来たのだろうが所詮は無駄な事だ。最早この世にいないのだからな、」
 そんな事はお構いなしだ。俺はさらに続けた。
「加奈葉、聞け! お前の本心を言ってみろ!」
「何を言っているのだ? 最早この娘に何を言っても……」
「お前がこの程度で負ける訳がねぇだろ! いつもいつも人の事をバカだのアホだの言いやがって! 今度は俺が言ってやるよそんな魔獣ごときに負けてるお前の方がよっぽどバカだ!」
「ちょ、武?」
「学っ! お前も言ってやれ! 好きでも無いお前と付き合っていた最低のバカ女だってな!」
「おい武! 加奈葉ちゃんは最低なんかじゃ……」
「構わねぇだろ! ってかお前はどうなんだ?」
「えっ? 僕?」
「そうだよ! お前はどうなんだよ?」
 俺は尋ねると学はしばらく黙りこくって目を泳がせて目線を反らした。
「……僕は、加奈葉ちゃんが僕の事を思ってなくたっていいよ、ただ彼女が好きな人がいるなら…… 僕はそれで……」
「はっきり言え学!」
 俺が一喝すると学は身を震わせると目を吊り上げて叫んだ。
「僕は…… 僕は加奈葉ちゃんが好きだ! 今すぐにでも結婚したいんだ! 諦めたくないっ!」
 すると饕餮を睨みつけて叫んだ。
「加奈葉ちゃんがいないなら僕もお前を殺して死んでやる!」
 吹っ切れたみたいだな。
 すると饕餮は吐き捨てるようにため息を零した。
「全く本当に莫迦な奴等だな、ちっとも進展などしていない、」
「そうか? 世の中変わって良い事と変わらなくて良い事だってあるんだよ」
「それだから美和との仲も進展も無いんじゃないのか?」
「ああ、それでいいよ、ゆっくりやって行くさ、俺達は俺達だ。お前は違うのかよ?」
「バカを言え、本当に馬鹿なんだから……」
 饕餮に変化が訪れた。
 目から涙が零れ落ちた。
「なっ、何だ? 我は何を…… ぐっ?」
 饕餮の両手の剣が滑るように離れ、石畳に音を立てて落ちるとがら空きになった両手で頭を抱えて苦しみ出した。