陰陽戦記TAKERU 後編
その頃……
真っ暗な意識の中、美和は水面に浮かぶ木の葉のように漂っていた。
『美和、目を覚まして!』
「うっ……」
その声に目を覚ますとそこにいたのは小さな子供だった。
その子供には見覚えがある、小さな頃の自分だった。
着ている服も現代の物ではなく陰陽師の着物だった。
「貴女…… は?」
『魔獣が暴れてるわ、行きましょう』
少女は手を伸ばした。だが美和は目を背けた。
『どうしたの?』
「私は……」
美和は素直に手を取る事ができなかった。
武が饕餮(正確に言えば饕餮を模した鬼)を倒した事で記憶は戻った。
だが美和には記憶が無かった時の記憶、すなわち心の奥底にあった幼き日に人々から迫害され続けた時の思い出があった。
『戦わないの?』
少女は言うが別に戦いたくない訳じゃない、頭では分かっていた。
全ての人間がそうだと言う訳では無いと…… だが自分の中で燻っていた。
望んで手に入れた力では無い、それを普段は差別するくせに都合の良い時だけ助けを請う、人間とはそう言う者だ。そんな人間など救いたくも無い、その思いの方が働いていた。それにもう1つ……
「私が行っても無駄よ、私は他の人達みたいな力がない」
何度試しても無駄だった。
武や他の者達は聖獣の力を完全に引き出す事が出来たが自分は出来なかった。
朱雀の鎧化が出来ずに自分だけが遅れをとっていた。
それが何よりのコンプレックスだった。
『それって嫉妬?』
「えっ?」
意識した事は無かった。
だが言われてみればそうだった。
自分は養父に拾われてからずっと修業の毎日だった。
鬼だって何体も倒してきた。
だがこの時代に飛ばされてからロクな修業も受けていない武や香穂などに追い抜かれ、逆に足手まといになる事があった。
「私が行ったってやられる、絶対に役に立たない!」
『美和の弱虫っ!』
すると少女は強く言い放った。
『何が役に立たないよ、力があるから強いの? 戦える事がそんなに偉い訳?』
「だ、だけど……」
『役に立たないからって、足手まといになるからって逃げてそれで満足なの?』
少女は両手を翳すと手の平からいくつ物光が溢れ出してそこには今まで戦って来た時の光景が映し出された。
武を始め仲間達は勝ち目が薄くとも絶望的な状態でも少しでも可能性がある限り立ち上がり戦って来た。
そしてその度に手を取り合い信じあい勝利をその手につかんできた。
それは過去の世界でもそうだった。決して諦めずに立ち上がり戦う者達がいた。暗黒天帝との戦いで命を落としたが互いが守り守り合った。
『憎んだって恨んだって構わない、貴女は貴女のやりたい事だけをやれば良い、守りたい物だけを守れば良い…… 答えて、貴女は何がしたいの?』
その言葉に美和の目頭が熱くなった。
そして涙が浮かぶと一筋の涙が頬を伝った。
「……私は、戦いたい。大好きな人がいるから!」
『その言葉を待ってたわ』
少女が目を閉じると体中から太陽のような光が溢れ出した。
「あ、貴女は?」
『ごめんね、美和を試す真似をして……』
少女の方の美和はニコリと笑った。
すると背中から炎の翼が生えた。
「朱雀?」
『後を見て、美和』
朱雀に言われて振り向くとそこには4つの人影があった。
それはかつて暗黒天帝と戦い散って行った聖獣達の元契約者達だった。
だが良く見ると彼等は今の仲間達に似ていた。
『行こう、美和』
朱雀が幼い美和から今の美和の姿になると手を伸ばした。
美和もその手に自分の手を重ねる、
最早言葉は要らなかった。
想いは繋がっている、過去も現代も、そして未来さえもだった。
暖かく眩い光が包むと意識が消えていった。
目を覚まして真っ先に見たのはいつもと変わらぬ家の天井だった。
体を起して隣りを見ると復元が終った朱雀の宝玉が静かに輝いていた。
「ありがとう、朱雀……」
美和は立ち上がると押入れの襖を開けて白い箱を引っ張り出した。
その中にはこの世界に着たばかりの陰陽師の服が畳まれていた。
作品名:陰陽戦記TAKERU 後編 作家名:kazuyuki