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あいざわ司
あいざわ司
novelistID. 11951
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デルタ分遣隊業務日誌(1) レーション

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寒い。
 太陽と云う奴はつくづく空気を読まないと思う。夏場あれほど頑張って、アスファルトを焼いてサウナにするのに、この時期は早々に店仕舞いだ。
「……ゎ」
 午後五時なんて、夕方じゃないぞ。もう夜だ夜。陽が落ちた瞬間に一気に冷え込むし。タクティカルジャケットでも羽織って来るんだった。
「……ざわ」
 大体この場所は造りが悪い。この基地がどれだけ前線の後ろにあると思ってるんだ。入り口の検問所が分厚いコンクリート打ちっ放しとか、それこそ「夏は暑くて冬寒い」の典型じゃないか。高速道路の料金所みたいにすればいい、どうせ襲って来る奴なんて居ないんだし。
「たきざわ!」
「えっ?」
 声に気付いて振り返ると、レーションの箱を抱えた長瀬るみかが仏頂面で仁王立ちしている。どうやら、声を掛けられていたのに気付かなかったらしい。
「何ぼーっとしてんのよ、ちゃんと仕事してんの? 給料泥棒め」
 長瀬るみか。不本意ながら、このPMCで俺とツーマンセルを組むコンビである。歳は怖くて聞いていないが、恐らく俺より二つ三つ下。作戦時以外は、茶色がかった背中まである髪を下ろしている。多分、黙っていれば美人、いやかわいい部類に入ると思うのだが、残念なのは性格だ。勝気で生意気、人を先輩とも思わない態度。……いや、別に俺は上官じゃないので、畏まる必要は無いんだが。
「晩御飯持って来てやったわよ」
 目の前に置かれる箱二つ。こんな性格でも、仕事はちゃんとするし、任務ではそれなりに信頼出来るので厄介だったりする。尤も、長瀬とコンビを組んでから、トリガーを引くような任務に当たった事はまだ無い。
「どっちがいい?」
 言われて、俺は箱を見る。めずらしく長瀬が優しい。こんな時は何かあると思ったら、案の定だ。
 レーションは当然食品なので保存期限があって、期限が切れる前に、基地に居てもこうして消費しなくてはならない日がある。そしてその日は、注意しないとならない重要な事がある。
 うちで使われるレーションは二十種類のバリエーションがあって、エビピラフ、鮭のホイル焼き、鳥釜飯、カルボナーラと和洋取り揃えてある。あるが、所詮レトルトなので美味しくはない。一緒に入っているチョコバーの方が余程旨い。その中でも特にダメなのが、箱に十七と印刷された「鯖味噌煮」だ。これを好んで食べる人間は、この基地、いや日本中探しても居ないと言い切れる。もはや食べ物の域を超えていて、味噌の香りが全部飛んだ消しゴムを食べている、と評される程なのだ。その「鯖味噌煮」が目の前にある。もう一つはチーズハンバーグ。これはハンバーグ以外の選択肢は有り得ない。
「他に無かったのか?」
「じゃああんた鯖ね、レディーファーストだし」
 聞いちゃいない上に何を言い出すんだ。レディーって誰の事だ。
「長瀬よ、もっとマシなのを持って来い、鯖は有り得ないだろう」
「鯖以外なんて殆ど残って無かったわよ、一つハンバーグ確保してきたの褒めて欲しいくらいだわ」
 なんてこった。つまり俺達はこの薄ら寒いコンクリートの検問所で背中を丸めて小さくなっているうちに、最も重要な食料争奪戦に既に敗北していたのか。
「持ってきてあげたんだから、あたしが先に選ぶ権利がある。当然よね?」
「待て待て、普通は待ってた方が先だろう、持ってきた方は好きなの選んで来れるんだから」
「そんな普通聞いた事無い、どこのローカルルールよ?」
「……うちの田舎」
 長瀬が腕組みをして、あからさまに不満そうな表情で溜息を吐く。それから急に目がきらきらと見開かれて、いたずらっぽい笑みを浮かべる。嫌な予感がする。
「それじゃあ、勝負して決めましょ!」
 これだ。
 こうして俺は、長瀬るみかと云う小娘に振り回されるんだ。……いや、俺も大して歳変わらないけども。

「二人して、何してんの?」
 射撃場に向かう途中で声を掛けられる。伊藤美雪。長瀬とは仲が良いらしく、「ゆきちゃん」とか呼んでるのを聞いた事がある。ショートカットで快活そうな印象を受けるが、真面目な子だ。つくづく、あのダサいフレームの眼鏡は止めればいいのに、と思う。
「晩御飯を掛けて、勝負すんのよ」
 嬉しそうに銃を掲げて見せる。何が嬉しいんだ、ほら伊藤は呆れ顔じゃないか。
「え、検問所の当番はどうしたの?」
「田辺さんに替わってもらった! あの人、兵舎の中だと禁煙で吸えないから、外の方がいいって」
 ニコニコしながら、マガジンをかちゃかちゃやっている。長瀬は何故だか知らないが、M14を好んで使う。ショートバレルのモデルに、ホロサイトと四倍スコープを乗せている。まぁ流行とか好みは兎も角、手に馴染むのを使うべきなのは確かだ。
「滝沢さん」
「ん?」
「……あの、いいんですか?」
「知ってるだろ、長瀬が言い出したら聞かないの」
 そう、聞かないのだ。ただ頑固なのか、意地でも張ってるのか知らないが、一度言い出したら曲げない性格は作戦中に発揮されたりもするので困る。
「いや、そうじゃなくて……」
「?」
 何か言いたげな伊藤の顔を見る。と、長瀬が横から割り込んで来た。
「いいに決まってるでしょ! 鯖を食べる罰ゲームを掛けて!」

 正直、もう真っ暗で三百メートル先の的は見えない。
 スコープを覗くと人型の的が緑に浮かび上がって、良い状況とは云えない。正直失敗したと言わざるを得ない。屋内にすれば良かった。けど俺でこの有様なのだ、長瀬はもっとアレに違いない、ざまぁみろ、ハンバーグは頂きだ、ぶつくさ文句を言いながら鯖を食べるがいい。
「ちょっとは手加減しなさいよ」
「する訳ないでしょ! 全力でハンバーグを狙う!」
 伊藤の呆れ声と、長瀬の楽しそうな声。ノリノリじゃないか。っていうか手加減って何だ。
「手加減なんてしなくていいぞ、こんな視界だし、一方的に勝っても面白くない!」
 標的に掠りすらしない、なんて事も有り得るんじゃないか? 大体作戦中にまともにトリガーを引いた事の無い長瀬相手だ、培ってきた経験を甘く見ないで貰いたい、負ける筈が無いんでございますのよ!
「たーきーざーわー!」
 隣を見る。嬉しそうに笑顔を浮かべながら、もうスコープを覗いている。
「吠え面かくなよー!」
 叫ぶ長瀬。同時に小気味良い発砲音。暗くて飛んでった先は分からない。けどきっと掠りもしてないに違いない。

「なんてこった……」
「ふふーん」
 勝ち誇った長瀬の表情。イラつく。
「だから吠え面かくなって言ったでしょー」
 実に満足そうで腹立たしい。
 恐ろしい事に、十発づつ撃った弾は全て標的に、それも大きな誤差も無く命中していた。……長瀬のが。納得が行かない。実戦でトリガーを引いた所なんて、見た事無いのに。
 ふんふん嬉しそうに先を行く長瀬の足取りは軽い。むかつく。
「……なあ」
 横を行く伊藤に訊いてみる。何をって、納得が行かないからだ。なんだあの精度! スナイパー、は言い過ぎか、でもマークスマンくらいには見える。
「あいつは射撃の特訓でもしてるの?」
「え? いや……」
 伊藤はちょっと言い澱む。俺の顔と長瀬の後姿を交互に見てから、またちょっと考えて、やっと喋ってくれた。
「あの銃に替えるまで使ってたの、L96なんですよ」