繋がったものは8
さて、週末は・・・・なんて考えつつ仕事をしていたら、また、堀内のおっさんから電話だ。十日に一度の割合でかかってくるが、これといった用件はない。仕事のほうは、順調なので、こちらからの相談事もない。
だが、電話はかかってくる。暇つぶしだ。どうやら、外かららしく雑音が多い。寒なったなーという第一声で、切った。すると、今度は、会社へ直接攻撃される。ほんま、暇らしい。
「なんかあるんか? ないんやったら、切る。」
「・・・・おまえ、ちっとは、わしに愛想せんか? わし、一応、パパやねんけど? 」
「パパ? お手当てもろてないけどな。ほんで? 」
周囲は、俺が堀内の愛人だと信じ込まれていて、そういう間柄だと誤解されているが、このおっさんにケツを貸したことは、過去一度もない。貸してやると言うたことは、何度もあるし、貸せと言われたことも何度もあるが、実際はないのだ。まあ、変な格好させられたり、あちこち触られてはおったけど、それも旦那が出来てからは頻度は減った。
「お手当て欲しかったら、『パパァーン、好き好き。むちゅうー。』ぐらいしてくれるか?」
「え? そんなんでええんか? 安いのぉー。ぱぱーあいしてるーむちゅー」
もはや、これぐらいだと日常会話なので、俺も気にしない。棒読みで台詞は吐く。堀内も冗談レベルだから大笑いする程度だ。
「今度、そっちへ帰ったら、お手当てぐらいなんぼでもやるわい。・・・・・ほんでの続きや。おまえ、あれから何もなかったか? 」
「ない。」
「ほおか、ほんならええんや。なんかあったら、東川か嘉藤あたりに脅しかけてもらえ。ええな? 」
「わかってる。なんかわかったんか? 」
「おまえの弟が動いてた。」
「え? 」
俺には、血の繋がった弟がある。とはいうても、会話もほとんどしたことがないような弟なので、顔もうろ覚えにしか思い出せない。そいつが、なぜ探しているのかわからない。
「相続放棄して欲しいんやと。」
「はあ? 」
「まあ、そういうことなんで、沢野はんが、あんじょうしといてくれたから、もう大丈夫やと思う。もし、弟が来ても無視しといてええ。」
「ていうか、俺、そんなんいらんて。」
「せやから、そういうふうにしてくれたから。ただ、まあ、きっつい弟みたいなんでな。なんかしら絡んでくるかもしれへんってことだけや。」
居場所は掴ませてないから大丈夫やと思う、と、堀内のおっさんは言って笑っている。今更、そんなことか・・・と、ちょっと呆れたが、その名称に、ちょっと疑問が浮かぶ。
「それって、誰か死んだんか?」
相続というのは、誰か死なないと発生しない文言だ。俺に関するとしたら、両親ということになる。
「いいや、いたってピンピンしとるらしいで。まあ、盗らぬタヌキっちゅーやつやな。会いたなったか? 」
会いたいかと言われても、何も思い浮かばない。両親の顔すら、あんまり覚えてないのだ。もう二十年くらい見たことがない。血の繋がった人間に対して、何も思うことがない。想うことがあるのは、旦那のことだけや。
「・・・あのな・・・おっさん。俺は、浪速の家の人間が死んでも、なんも思わへんのよ。ああ、さよかで終わりや。」
なんとも愛想のないことだとは思う。普通は悲しいとか寂しいとか思うのだろうが、そういうものが俺には欠落しているのだ。たぶん、堀内のおっさんが死んでも同じだろう。いなくなったという事実だけが記憶される。祖母が死んだ時も、そうだった。ああ、おらへんなってんな、と、火葬場の立ち上る煙で、そう思っただけだった。涙も出なかったし、母親に罵倒されても何も感じなかった。まあ、さんざんぱら罵られたのは、ムカついたけど。
「それならええわ。ほんなら、そういうことや。・・・・・爆弾小僧は元気か? 」
「ぴんぴんしとる。」
堀内のおっさんも、俺の言葉に、何も言わなかった。このおっさんとも長い付き合いだな、と、しみじみと思う。親代わりをしてくれていたのだと、今はわかる。昔は、ほんまに身体目当てに、いろいろ世話してんのやろうと思っとったが、そういうもんではなかった。たぶん、おっさんなりに心配はしてくれていたのだと思う。感謝はしてない。こいつのお陰で、俺は旦那と暮らすようになって、健康になってしまったのだ。ほんまは、とっとと終わる予定だったのに。俺の目の前を灰色から極彩色に変えたのは旦那だが、そのきっかけを作ったのは、間違いなく、このおっさんだ。迷惑な、と、何度思ったか知れない。
「なんか送ったろか? 」
「なんもいらん。・・・・用事はそれだけか? 」
「・・・・・せやからな・・・わしにもうちょっと愛想良うやな。」
「ぱぱーすきすき。あいてるー。」
「今度、そっちに帰ったらお仕置きじゃっっ。しばいたるから覚悟しとけ。」
「おう、待ってるでーーははははは。」
それだけ言って互いに切った。沢野のおっさんが一枚噛んだなら、こっちには支障はないはずや。あのおっさんは、エグイことを穏やかな顔でやりさらすから、なんぞかましてくれたやろう。今更、何があろうとどうでもええ。
やでやでと椅子から立ち上がって、窓際に近寄った。ここから見えるのは、ビルとアスファルトだけだ。大通りでないから、街路樹なんていう小洒落たものもない。ただクルマと人間がうろうろと動いている。それだけだ。
なんで、俺は、こんなとこにおるんよ? と、自嘲する。こんな豪華な机と椅子で仕事できる身分なんかになってんねん? と、不思議な気分になって笑ってしまうのだ。人生どう転んだら、こうなるんやを地で行く人生だ。
野郎の旦那ができて、ようわからんうちに部長なんてもんになって、せやけど、やってることは以前と一緒というおかしさだ。
・・・・・まあ、ええわ。生かしてるんは、花月や。あいつが世話せんかったら、即刻やから、まあ、世話されてるうちは生きといたろ。ほんで、末期の水まできっちり世話してくれたら、礼ぐらい言うたるわ・・・・・
家族なんてもんは、元から俺にはない。けど、今はあると言える。旦那がおる限り、あれは家族というものだ。あれだけでええし、あれ以上はない。血の繋がったほうの家族とは縁がなかったが、それ以外の縁はあった。お人よしで世話好きな旦那が、どっからか落ちてきて、俺と縁を繋いでくれた。
・・・・そう考えたら、俺、案外、幸せな人生なんちゃうか? なあ?・・・・・
花月が愛想を尽かしたら、ああ、さよか、と、俺は思うだろう。ただ、その時に、きっと寂しいとは思うに違いない。それだけが嬉しいと思う俺は、相当に壊れていると自己分析した。
「みっちゃん、日報。・・・・・どないしたん? 」
飛び込んできた東川のおっさんが、俺が窓際に立っているので、びっくりしていた。あんまり、外の景色なんか鑑賞しない人間だからだ。
「堀内のおっさんがムカついたんで、気持ち静めてんねん。」
「・・・・あー・・・なんちゅーか、あの人は、みっちゃんにだけはなあ。まあ、あれも愛情表現のひとつやと思ったってくれ。」
だが、電話はかかってくる。暇つぶしだ。どうやら、外かららしく雑音が多い。寒なったなーという第一声で、切った。すると、今度は、会社へ直接攻撃される。ほんま、暇らしい。
「なんかあるんか? ないんやったら、切る。」
「・・・・おまえ、ちっとは、わしに愛想せんか? わし、一応、パパやねんけど? 」
「パパ? お手当てもろてないけどな。ほんで? 」
周囲は、俺が堀内の愛人だと信じ込まれていて、そういう間柄だと誤解されているが、このおっさんにケツを貸したことは、過去一度もない。貸してやると言うたことは、何度もあるし、貸せと言われたことも何度もあるが、実際はないのだ。まあ、変な格好させられたり、あちこち触られてはおったけど、それも旦那が出来てからは頻度は減った。
「お手当て欲しかったら、『パパァーン、好き好き。むちゅうー。』ぐらいしてくれるか?」
「え? そんなんでええんか? 安いのぉー。ぱぱーあいしてるーむちゅー」
もはや、これぐらいだと日常会話なので、俺も気にしない。棒読みで台詞は吐く。堀内も冗談レベルだから大笑いする程度だ。
「今度、そっちへ帰ったら、お手当てぐらいなんぼでもやるわい。・・・・・ほんでの続きや。おまえ、あれから何もなかったか? 」
「ない。」
「ほおか、ほんならええんや。なんかあったら、東川か嘉藤あたりに脅しかけてもらえ。ええな? 」
「わかってる。なんかわかったんか? 」
「おまえの弟が動いてた。」
「え? 」
俺には、血の繋がった弟がある。とはいうても、会話もほとんどしたことがないような弟なので、顔もうろ覚えにしか思い出せない。そいつが、なぜ探しているのかわからない。
「相続放棄して欲しいんやと。」
「はあ? 」
「まあ、そういうことなんで、沢野はんが、あんじょうしといてくれたから、もう大丈夫やと思う。もし、弟が来ても無視しといてええ。」
「ていうか、俺、そんなんいらんて。」
「せやから、そういうふうにしてくれたから。ただ、まあ、きっつい弟みたいなんでな。なんかしら絡んでくるかもしれへんってことだけや。」
居場所は掴ませてないから大丈夫やと思う、と、堀内のおっさんは言って笑っている。今更、そんなことか・・・と、ちょっと呆れたが、その名称に、ちょっと疑問が浮かぶ。
「それって、誰か死んだんか?」
相続というのは、誰か死なないと発生しない文言だ。俺に関するとしたら、両親ということになる。
「いいや、いたってピンピンしとるらしいで。まあ、盗らぬタヌキっちゅーやつやな。会いたなったか? 」
会いたいかと言われても、何も思い浮かばない。両親の顔すら、あんまり覚えてないのだ。もう二十年くらい見たことがない。血の繋がった人間に対して、何も思うことがない。想うことがあるのは、旦那のことだけや。
「・・・あのな・・・おっさん。俺は、浪速の家の人間が死んでも、なんも思わへんのよ。ああ、さよかで終わりや。」
なんとも愛想のないことだとは思う。普通は悲しいとか寂しいとか思うのだろうが、そういうものが俺には欠落しているのだ。たぶん、堀内のおっさんが死んでも同じだろう。いなくなったという事実だけが記憶される。祖母が死んだ時も、そうだった。ああ、おらへんなってんな、と、火葬場の立ち上る煙で、そう思っただけだった。涙も出なかったし、母親に罵倒されても何も感じなかった。まあ、さんざんぱら罵られたのは、ムカついたけど。
「それならええわ。ほんなら、そういうことや。・・・・・爆弾小僧は元気か? 」
「ぴんぴんしとる。」
堀内のおっさんも、俺の言葉に、何も言わなかった。このおっさんとも長い付き合いだな、と、しみじみと思う。親代わりをしてくれていたのだと、今はわかる。昔は、ほんまに身体目当てに、いろいろ世話してんのやろうと思っとったが、そういうもんではなかった。たぶん、おっさんなりに心配はしてくれていたのだと思う。感謝はしてない。こいつのお陰で、俺は旦那と暮らすようになって、健康になってしまったのだ。ほんまは、とっとと終わる予定だったのに。俺の目の前を灰色から極彩色に変えたのは旦那だが、そのきっかけを作ったのは、間違いなく、このおっさんだ。迷惑な、と、何度思ったか知れない。
「なんか送ったろか? 」
「なんもいらん。・・・・用事はそれだけか? 」
「・・・・・せやからな・・・わしにもうちょっと愛想良うやな。」
「ぱぱーすきすき。あいてるー。」
「今度、そっちに帰ったらお仕置きじゃっっ。しばいたるから覚悟しとけ。」
「おう、待ってるでーーははははは。」
それだけ言って互いに切った。沢野のおっさんが一枚噛んだなら、こっちには支障はないはずや。あのおっさんは、エグイことを穏やかな顔でやりさらすから、なんぞかましてくれたやろう。今更、何があろうとどうでもええ。
やでやでと椅子から立ち上がって、窓際に近寄った。ここから見えるのは、ビルとアスファルトだけだ。大通りでないから、街路樹なんていう小洒落たものもない。ただクルマと人間がうろうろと動いている。それだけだ。
なんで、俺は、こんなとこにおるんよ? と、自嘲する。こんな豪華な机と椅子で仕事できる身分なんかになってんねん? と、不思議な気分になって笑ってしまうのだ。人生どう転んだら、こうなるんやを地で行く人生だ。
野郎の旦那ができて、ようわからんうちに部長なんてもんになって、せやけど、やってることは以前と一緒というおかしさだ。
・・・・・まあ、ええわ。生かしてるんは、花月や。あいつが世話せんかったら、即刻やから、まあ、世話されてるうちは生きといたろ。ほんで、末期の水まできっちり世話してくれたら、礼ぐらい言うたるわ・・・・・
家族なんてもんは、元から俺にはない。けど、今はあると言える。旦那がおる限り、あれは家族というものだ。あれだけでええし、あれ以上はない。血の繋がったほうの家族とは縁がなかったが、それ以外の縁はあった。お人よしで世話好きな旦那が、どっからか落ちてきて、俺と縁を繋いでくれた。
・・・・そう考えたら、俺、案外、幸せな人生なんちゃうか? なあ?・・・・・
花月が愛想を尽かしたら、ああ、さよか、と、俺は思うだろう。ただ、その時に、きっと寂しいとは思うに違いない。それだけが嬉しいと思う俺は、相当に壊れていると自己分析した。
「みっちゃん、日報。・・・・・どないしたん? 」
飛び込んできた東川のおっさんが、俺が窓際に立っているので、びっくりしていた。あんまり、外の景色なんか鑑賞しない人間だからだ。
「堀内のおっさんがムカついたんで、気持ち静めてんねん。」
「・・・・あー・・・なんちゅーか、あの人は、みっちゃんにだけはなあ。まあ、あれも愛情表現のひとつやと思ったってくれ。」