チューリップ咲く頃 ~ Wish番外編② ~
「すみませんが、“娘”をお願いします」
と、頭を下げ、“足長おじさん”は中学校へと姿を消した。
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「その“女の子”とやらに暴力をふるったのも、本当は自分なんじゃないの!?」
攻め立てる母親達に、唇を噛み締めていた慎太郎が爆発しそうになったその時、
「慎太郎っ!!」
左足をヒョコヒョコ引き摺りながら、木綿花が交番に飛び込んで来た。
「木綿花……。バカ! 帰れって言っただろ!!」
“女の子”の登場に、母親達が一瞬たじろぐ。が、
「グルなんでしょ?」
信じるつもりですの!? と、逆に警察に詰め寄る。慌てふためく警官。しかし、
「証言なら、私達がします」
木綿花の後から、若い母親達が続々と入室。
「この子達が広場に入ってきた所からお話しできますけど?」
若い中でも最年長らしき母親が警官に微笑んだ。
「では……。お願いします……」
少し奥のデスクに母親が通され、残った母親達が中学生達を睨みつける。一斉に各々の母親の陰に隠れる中学生。
――― やがて、五人の証言が終わり、警官が、
「傷害として訴える事も出来るが……」
と慎太郎に言った。
「でしたら、ウチも!!」
中学生の母親が声を荒げる。自分の息子のした事を納得していない上、この期に及んで……という所だ。
「申し訳ありませんが、そちらのお子さん達のケガは、全てかすり傷の様に思いますが……」
警官が苦笑いしながら言うが、
「そんな事ありませんわっ!!」
と、息子を引っ張り出す。
「さっきから、右足が動きませんのよ!」
ね? と、再び猫撫で声。
その言葉に、今度は警官達が首を傾げる。連行中、自分で歩いてたよな……?
「聞いてらっしゃるの!?」
甲高い声が響き、また振り出しに戻るかと思ったその矢先、
「やめなよ! 母さん!!」
野球部エースの声が響いた。
振り返ると、校長を筆頭に、野球部顧問、監督、部長、副部長が入り口に立っていた。
部長兼エースの少年が呆れたように母親を見る。
「間違いはきちんと直してやらないと、こいつの為にならないって何度も言ってるじゃないか!」
どうやら、兄の方はちゃんと躾けられているようだ。
「練習がイヤで抜け出した上、小さい子に暴力沙汰など……。もってのほかだ!!」
監督は相当お怒りらしい。
「事情は今しがた、警察の方から承りました。今回は、私共の監督不行届きの致すところで……。誠に申し訳ありません」
校長が若い母親達に深々と頭を下げた。
「この子達には、然るべき処分をもって対処しますので、今回の事はどうか……」
校長の隣で顧問も頭を下げる。
大会が近いのだ。今、何かあれば、出場は停止。今までの辛い練習が全てフイになる。
「……別に、訴えたりする気はないよ……」
頭を下げる大人達を見て、慎太郎が呟いた。
「俺は、謝ってさえもらえれば……」
と、中学生達を見る。
「こいつ等、木綿花にケガさせたから……」
「ケガ!?」
部長兼エースの三年生が、木綿花の前にしゃがみ込む。
「どこ?」
上から見下ろし、左足の腫れに気付く。
「病院へは?」
質問に木綿花が首を振る。
「私が車を出そう」
監督の言葉に、
「お願いします!」
付添いますから、と三年生。
「この子はどうするの!?」
と、母親が次男を示すが、
「ケガ、してるのか?」
兄に問われ、弟が首を横に振る。
「……て、事だよ、母さん」
そして、木綿花をヒョイと抱き上げ、
「君もおいで。かすり傷だけじゃなさそうだ」
慎太郎に微笑みかけ、“あ、そうだ!”と、
「学校から父さんに電話しておいた」
と母に告げ、
「父が来るまで、よろしくお願いします」
警察に頭を下げる。
交番を後にする慎太郎達の後ろで、
「ありがとうございました!」
微笑みながら敬礼をする警官達。その横を若い母親達が会釈して通り過ぎる。中学関係のメンバーを残す派出所を後に、監督の車は病院へと向かうのだった。
警察からの連絡で慌てて戻って来ている途中、病院からの電話で更に慌てた香澄が家に着いた時、慎太郎はのんびりテレビを見ていた。
「シ、シンちゃん! ……シンちゃん!! 何がどうして、どうなったの!?」
警察から「補導された」との電話で急いで会社を後にし、イライラしながら乗り込んだ電車の中で、今度は、病院から「ケガをした」との連絡。やっと本人に連絡が付いたと思ったら「腹減った」!?
香澄としては、納得がいかない。
「正当防衛が認められただけだよ」
振り向いた顔が痣だらけだ。
「シンちゃん!?」
訳が分からないまま、母が涙目になる。
「痣は何日かしたら消えるって。かすり傷もそう。後は、右肩の脱臼くらいかな?」
泣くなよ、母さん、と慎太郎が母を宥める。
「痛くない?」
手当てされた肩を触る母の手が震えている。
「平気だよ、これくらい。病院の費用も、向こうが払ってくれるってさ。だから、飯!」
「だって、シンちゃん……」
泣き顔の母に耐え切れなくて、
「木綿花の方が痛そうだったな……」
話の矛先を自分から木綿花へと逸らす。
「木綿花もなの!?」
「あいつが“真”の被害者だよ。捻挫に打撲だってさ。当分、“松葉杖”だって」
「……もう……、もう。もーう!!」
慎太郎の説明に母が地団駄を踏む。
「もう解決したんだから、母さんがヤキモキしても変わらないよ」
母の行動につい、笑いが漏れる。
「だからさ、早く晩飯食って、木綿花ん家に見舞いに行けば?」
慎太郎に言われて、そそくさとキッチンに立つ母。どちらが保護者か分からない。
「慌てて、指切ったり……」
「痛っ!」
「……すんなよ……って……」
やれやれと、救急箱を持ってキッチンへと向かう。
絆創膏を貼った母の料理が出来たのは、それから一時間後だった。
夜のベランダ。お隣の伊倉家にお邪魔中の慎太郎。
「会ったの!?」
ベランダに並んで、
「うん」
木綿花と昼間の出来事を思い出す。
「前に慎太郎が言ってた通り。グレーのスーツに……」
グリーンのネクタイ、宇宙色のバッジ。
「背が高くて、声は低いの」
ベランダの柵の上に肘をついて、
「あたしの事、“うちの娘”って言ったのよ」
木綿花がクスッと笑った。
「なんか、少し嬉しかったな」
そして、首を傾げる。
「なんで来なかったのかな?」
結局、“足長おじさん”は警察には姿を見せなかった。
「そんな事したら、お前のお父さんじゃないってバレちゃうじゃん!」
「あ! そうか!!」
馬鹿だな、と笑う慎太郎にふと、木綿花がその顔を覗き込む。
「何? ……近いよ、お前」
「今ね、少しだけ思ったんだけど……」
「何を?」
「慎太郎の声、“足長おじさん”の声に似てる……気がする……」
「声変わりすれば、みんな低くなるの!」
……そうとは限らない……が……。
「そーかなー……。似てると思うんだけど……」
「言われて、悪い気はしねーけどさ」
理想だから……。と慎太郎が微笑んだ。
「理想?」
「大人になったら、あーゆー大人になりたいな。ってゆー“理想”」
星空を見上げて、“足長おじさん”を思い出す。
作品名:チューリップ咲く頃 ~ Wish番外編② ~ 作家名:竹本 緒