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ギャロップ ――短編集――

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【月の光】



 ああ、近くにいるのだな。そう感じたすぐ後には、たいてい私の横に気配がある。
 賽銭箱の上に灯った明りを目の端にとらえて、そのまま上を見た。満月になりきれていない楕円の月が、薄雲の中に浮かんでいる。
 隣にあるこの気配を探して見つかるものなら、自ら行動に移したいのだが、それで成果が出たためしがない。何度か試みてはみたが、目で見えるものではないらしく、思いの深さに比例して現れてくれるものでもないらしい。そのことに気付いてから、この場所――大きな鳥居の逞しい足元――に腰を下ろし、向こうから来るのを待つようになった。裏切られたことは、一度もない。

「人生、山あり谷ありっていうけどさ、それって平穏はないってことだよね。平地はないってことだよね。山や谷を登るのも下るのも、どっちもしんどいじゃないか……」
 私が呟くと、気配が動く。音もなく、ただそう感じるだけなのだけど。
「お前、ちゃんと持ってるのか?」
「持ってるよ――――ほら」
 コートのポケットから缶のおしるこを取り出して、軽く振って見せる。ここに来る道すがら買ってきたものだ。
「飲めないのに、おしるこなんて買ってきたのか……」
「あったかいのは、これしかなかったんだ。あとは売り切れてた」
「そうか」
 暖かい物を持っていればそれでいい、とでも言いたげな返事だったが、私の嫌いなものを覚えていてくれたことに嬉しくなった。いつか、小豆が嫌いだと話したことがある。

 頭を撫でられた気がして、身体を丸めた。そのまま気配は背中に下りて、優しくさすってくれている。全てがおぼろげな感覚だ。
「自販機の“あったか~い”って書き方が好きなんだよね。“か~い”のとこの、ふにょんってなってるのばし棒が、本当にあったかそうでさー」
「お前が寒くなければ、それでいい」
 抑揚のない声を聞きながら、笑ってしまった。

 薄雲がはけてきて、楕円の月がさっきより確かになった。
 燦々と照る太陽とか、キラキラ瞬く星とか、そうやって表現することがあるけれど……。月はどうやって輝いているのだろう。

 何だろう? 月の光は、どうやって言い表すのが適当だろう?
 隣にいるこの気配を言葉にするような難しさだ。

 おしるこの缶を開けて、ぐいっと飲んだ。美味しくない。思わず顔を歪めたけれど、買った時より暖かい気がして、心が落ち着いた。
 ああ、そうだ。『深々と光る月』ってのはどうだろう。今夜には、ピッタリのような気がする。



◆お題:『夜の神社』で、登場人物が『なぐさめる』、『湯たんぽ』