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ギャロップ ――短編集――

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【無垢な温もり】



 自身の生活が円滑に営まれている時は、白い光を放つ街灯さえ暖かく感じるものだ。食べ物もおいしく感じるし、テレビだって面白い。洗濯や掃除も苦ではなくなるし、狭い風呂でも鼻歌まじりだ。これは全て、生活が潤っていることが前提になる。

 昨日、彼氏にこっぴどくフラレた。
 今の私には、ベランダから見える街灯は凍てつくように冷たいし、惰性で腹に収めた夕食のカップラーメンの味なんて覚えていない。テレビはついているだけの雑音製造機になっているし、かといって静かすぎるのは嫌だし。数時間前に食べ終わったカップラーメンのゴミは、キッチンのシンクに放置されている。

 暖かい部屋で泣くのも癪だと思い、ベランダの段ボールの上にしゃがんだ。今日、明日の土日を使って片付けようとしていたベランダの細々した雑貨たちも、数日はこのまま捨て置かれるだろう。うまく片付けられずに延ばし延ばしにしたシワ寄せが、また来週に持ち越された。しゃがみこんだ段ボールは、ここ三日降り続いている雨で湿気っていた。
 気持ち悪くて思うように泣けないのかな。足元を見ながらそんな事を思っていると、日付の変わった頃の刺すような冷気に、身体が悲鳴を上げはじめた。

 コートを掴みに部屋に戻ると、小さな相棒がのそのそと私についてベランダに出てきた。
「寒いぞ。――すわれ。はい、お手」
 いつでもどこでも形振(なりふ)りかまわず、誰がなんと言おうと私の味方である小さな相棒は、どや顔をきめて、シャキッと右手を差し出した。短毛で覆われた体が、小刻みに震えている。
 差し出された小さな熱い手が、まだ眠たいと言っている。その手をぎゅっと握って解放し、小さな相棒を胸に抱いた。あったかい。

 不思議なことに、同じ段ボールの上にしゃがみこんだのに、後から後から涙が溢れてきた。
 さっきとの違いは、こいつか。太腿とお腹の間にいる小さな相棒を、視界がはっきりしないまま見つめた。じっとりとした段ボールの感触を足裏で捉えながら、手品のタネを探すように、真剣にまっすぐ見てくる相棒の瞳に、泣き笑いのぐちゃぐちゃになった顔を映した。
 熱い舌でぺろりと私のあごを舐めて、懐でもぞもぞと動き、くるんと器用に丸くなった。数秒後には、小さな相棒の規則正しい安らかな寝息が聞こえてきた。
 マイペースな最強の味方の温もりを抱いて、好きなだけ泣こうと思った。

 明日の朝、雨が止んでいたら、少し遠い公園まで散歩に行こう。
 ああ、そうだ。小さな相棒の新しいおもちゃを探しに行ってもいいな。
 ベランダも片付けなきゃだし、晴れたら洗濯もしないと。以外と忙しいじゃないか、私!



◆お題:『夜のベランダ』で、登場人物が『手をつなぐ』、『手品』