第九回東山文学賞最終選考会(2)
俺も自分の席へと戻った。戻りながら、課長へどう報告するか、と考えていると、その当人が近寄ってくる。
確か他に怒られるような事は無かったとは思うが。
「山本君、ちょっといいかね。」
普段の言い方だった。ついて行くと再び会議室でさっきの説教などまるで無かったかのように話し出す。
「東山文学賞の選考は進んでいるかね。」
「はい、順調です。」
「ちょっと去年までの資料を当っていて思ったんだがね。」
少し身を乗り出すようにして真っ直ぐに俺を見据えてくる。その瞳は輝いているようにさえ、見えた。
「去年の受賞は、あれは、やっぱり失敗だったと思うんだよ。受賞者がその後一年で長編小説を一つも出版しないっていうのは、そもそも、スタートラインにさえ立てて無いと思うんだよね。今年は、もっと活動してくれそうな人を選ぼうよ。」
受賞に成否は無い事を主張しようかどうしようか、一瞬だけ迷ってしまった。課長が続ける。
「それで、どんな人が最終選考に残ったのか、リスト作って持ってきて。俺も見るから。」
「今の所、最終には五人程予定しています。作品五つとなると結構なボリュームですが、本当に全部読まれるのですか?」
課長は上体を仰け反らすと、返してきた。
「作品なんか読まないよぉ、それはお前らの仕事だろ?俺は、経歴とか、人柄?みたいなの見るからさ。そうすれば作品だって大体どんなの書いてるかわかるじゃない?就職だって面接とかで決めるだろ。自分だって面接で採用されたんだろう。前から、作品読む事には疑問だったんだよな。効率悪いしさ。そうやってせっかく読んでやっても、それで決めた受賞者がうちで作品出してくれない、とかなったらさ。俺の努力は誰が救ってくれるのよ。っていうか、作品読んで受賞者決めるの、もう辞めたいんだよね。時間の無駄。」
「では、最終選考が決まったら、リストを作成します。」
「よろしくね。」
言うと課長は立ち上がり出て行ってしまった。俺も続いて出て席に戻ると手帳に「最終選考の略歴のリストを作成して課長に渡す」と書き加える。
「何それ?」
一時間程前に慌しく出て行った女が戻って来ていて、机に資料等を広げながら俺の手帳を覗き込んでくる。
「お達し。」
「ふぅん。大変ね。」
「そっちは?」
「まぁまぁね。課長にレポート出しといたんだけど、読んでくれたかなぁ。」
「さぁ、どうだろ。今日は一日、机には居なかったみたいだけど。」
「なんか、あの課長好きになれないな。」
机の上に広げられた資料を手際よく整理しながら彼女が続ける。
「黒田課長の方がずっといい感じで仕事出来たんだけどな。」
「そうは言うなって。あの課長だって、幾つかの会社立て直す程の凄腕なんだからさ。」
「それ、ほんとぉ?私、前から疑問だったのよね。」
「そういや、竹本さんに伝言忘れてたわ。わりぃ。」
「あぁ、後から来てくれたし、大丈夫だったわよ。どうせ、課長に怒られてたんでしょ。」
肩をすくめて見せた。
彼女は整理が終わったのかきれいに片付いた机に両手をとん、と付くと、さてと、と言って立ち去ってしまった。
ふと、誰かに見られてる気がして、顔を上げる。
梅田さんだった。
なんか今日はよく目が合うな、と思った所で、後輩がやって来て言った、
「住田先生、取り敢えず食事誘いましたわ。先輩も来ます?」
「いつ?」
「えっと、今度の」言いながら俺の卓上カレンダーのその日を指差す。「木曜日ですね。」
「んー、辞めとくわ。お前一人の方が説得しやすいだろ?」
俺の肩に両手を乗せると軽く揉みながら彼が答えた。
「さっすが、先輩。そういう所、きちんとわかってくれるから好きですわ。」
「男に好かれる趣味は無いわ。とにかく、頼んだぞ。」
「さぁ、先生の返事次第ですからね。」
言い終わると戻って行った。
それから俺は食事に出ると蕎麦を食べ、戻ってから報告書を書いたりする仕事を再開した。
会社を出たのは夜十二時だった。もちろん、明日も朝八時から出社するつもりだ。それが俺の今の生活のリズムだった。それ以外に言葉にするような事は特には無い。
作品名:第九回東山文学賞最終選考会(2) 作家名:ボンベイサファイア