せんにちこう
輪廻
朝、たかみいが正面の門によしかかっているときは決まって放課後に雨が降る。
でも気付いたところでもう学校に着いてしまってるわけで、便利でも何でもなく、ただ一日が憂鬱になるだけだった。
「たかみい」
オレはたかみいと喋ったことがない。
「たかみい、そこにいるとぶつかるよ」
世界史で使うでかい地図の筒を抱えて階段を登っていたら、丁度たかみいが踊り場で靴紐を結び直しているところだった。
たかみいはオレに話しかけてはこないけど、オレに気付くとジッと見てくる。ジッと見て、動かなくなる。
「ぶつかるってば」
「またお前こき使われてんのかよ」
「え? ああ……三好」
後ろからポンと叩かれた。振り返れば今時ほっぺたに指をつっこんでくるのはこいつくらいだ。
片手にメロンパンを持った三好は手伝おうともしないで、そのまま階段を駆け上がっていった。
オレも早く戻って課題終わらせなきゃ……
たかみいはいなくなっていた。
奥まった狭い方の階段では2人以上で擦れ違えないから、振り返ったすきに登っていったんだろうな。そういえばたかみいはいつも靴紐を結んでいる。
世界地図を抱え直して、オレも教室へ急いだ。
世界地図を窓側に引っ掛けたら拍手喝采がおこった。信じられないくらいに暑いから、日差しが遮られたとなればオレはちょっとしたヒーローになってしまったのだ。
喜びも束の間、こんどはさっきまで気にならなかった湿気が教室を襲いくる。地図で風が遮られてしまったし、そうだ、予報にはなかったけど、今日は雨が降る。
暗記用の下敷きで仰ぎながらふと窓の下を見たら、たかみいがぽつんと校庭の隅に立っていた。さっき階段上がったんじゃなかったんだな。意外と俊敏な奴なのか。
ジャージ姿の先輩方がサッカーをしている。離れたところで先生が笛を吹いて怒鳴った。あの先生はこの学年を受け持ってないからかもしれないけど、すごく怖そうでいつも目を合わせられないんだ。
たかみいはというと、制服のままだった。
ちょっと今時の人達はともかく、普通は校則どおりに黒髪・短髪にするもんなんだ。髪型っていうのは。
オレもそうだ。
たかみいはフワフワと癖のある長い栗色の髪を僅かな風に揺らして、あの怖そうな体育教師の横にいても平気な顔をしている(に違いない)。
オレたちのクラスにもやっと先生が到着したようで、号令に合わせて立ち上がる。
礼のあとにグラウンドを見たら、ついに降り出した雨に先輩方は体育館へ逃げ込んでいるところだった。
たかみいは、もういなかった。