こえがきこえる
只野の柔らかそうな唇が、別の生き物のように蠢く。
「他にも沢山バラバラに声が聴こえたよ? 苦しいとか、助けてとか、もう嫌だとか、死にたいとか、死にたくないとか、人の名前を呼んでるのとかも、それから、」
「黙れもういいやめろッ!」
俺は堪らず怒鳴った。只野が不意を突かれたように黙り、瞬く間に両目に涙を湛える。怒鳴られたことに驚いた涙らしいが、今の俺にはそれをフォローする余裕もない。もう沢山だ。幽霊など存在はしない。只野は嘘をついている。先ほど怪談に俺達二人が怖がらなかったから、子供じみた仕返しをしているのだ。泣き出した只野の肩を押しのけるようにして校門に向かう。只野が汚らしく鼻を啜る音が聴こえた。
「うそじゃないもん」
只野の拙いしゃっくりまじりの声が、呪うように告げた。心を読まれた気がして俺はどきりと足を止める。只野が同じ言葉を繰り返した。うそじゃないもん。無視して歩き出す。木次谷にも呼び止められるが、無視する。振り返れない。
女の悲鳴と只野の呟きと煩わしいノイズが、耳の奥で暴れている。
【了】