ブローディア夏
俺はそれほどドリーマーってわけじゃないし、ファンタスティックな思想家でもない。
見るに堪えられないほどの不細工だとは思わないが、逆にそれが祟って印象の薄い男。頭は上の下、モテたことはない。友達といわれて思い付くのは三好で、好きな女の子はいなくて、強いて言うと男だけど石間が好きで憧れてもいる。
気障なセリフは似合わない。平和な家族に包まれて、干渉は少ないが野放しにもされていない。
ケータイを持っていない。
メールをしたことがない。
家電にはコキもキャッチホンもない。
バイトもしたことがない。
キスは一度だけ石間と。
石間は、格好いい。
猫型の枕に頭を乗っけて、石間の視線から引きはがしてきた紙袋を探る。
部屋の電気は消したままで、窓は全開で、でも冷気は入ってこなかった。
どんよりとした夜の空気が漂うだけの、部屋だ。
石間とは次の約束をしなかった。
「進二郎ー」
「………。」
「進二郎ぉー?」
「……あー」
「進二郎!?」
「っあんだよ!?」
段々近付いて来る母さんの声に苛立ってドアをねじ開けたら、そこには何故か石間がいた。
「よう」
「…おう……」
麦茶を押しつけて部屋の電気を点けようとした母さんが「あんた一人でなにしてんのよ」と肩をぶっ叩いてきて、「ごゆっくり」なんて石間に媚びを売りながら麦茶のお盆にスナック菓子を乗せて寄越して、消えた。
「石間、何してんだ」
「木野こそ」
ハッと気付いて、慌てて電気のスイッチを押そうと伸ばした腕は石間に掴まれた。
無遠慮に入ってきて、暗い部屋のドアを静かに閉める。
「木野、なんか今日変だったから」
「なんで俺んち知ってんだよ」
「好きだから」
「はあ?」
意味わかんねえし。
天井には満点の星空。
見上げたら何故か涙があふれて来て、これじゃ俺も石間並のドリーマーじゃないかと思った。だって枕に顔を埋めなくても、石間の香りがする。
「木野、星空好きなのか」
「いや」
「この機械、朝俺んちに持って来てたやつじゃね…」
「お前がすきだ」
「うん」
「プラネタリウム、重いんだからな」
「だから見に来たんだよ」
「そっか」
「そうだよ」
「…プラネタリウムを?」
石間が笑う気配がする。
「一人でプラネタリウム見て泣きそうになってる木野を」
どうして俺んち知ってんだよ。
しかも何故か石間は、枕持参だった。
「泊まる気で来たのか」
「いや」
狭い布団に寝そべる猫の枕の横に、石間の枕が設置された。
ごく普通なんだけど、多分無印とかのやつでババクサくないチェックのカバー。
「せっかくだし、木野の匂いつけて帰る」
「なんかやだ」
いいじゃん、やだよ、どうせタダだろ、なんかやなんだよ。
じゃれながら枕に押しつけられて、暗闇の中で星と石間だけしか見えなくなった。
「あ、その、悪い」
「いいよ、べつに」
パッと離れる。
枕元にあぐらを組んだ石間が見下ろしているのがわかるが、いたたまれなくて避けるようにエセ星空を睨み付け続けた。
「今の、恋人同士って感じだったな」
睨み付けながら勇気を振り絞って口に出してみた。犯罪をおかしてるみたいで、急に喉が渇いてきて。
「木野もそう思った?」
共犯者・石間。
ナイショ話をするように辺りを気にしながら180cmに0.5cmだけ足りない体を縮めて、ゆっくりと猫の枕に頭を乗せた。
暗闇の中で男が二人、同じ布団に寝そべって星を見ているなんて、犯罪だ。
電気を点けないで出て行った母さんも、同罪だ。
石間が、俺の手のひらを握った。
暑い。
暑苦しいよ、男同士でくっついてるなんて……。
起き上がって麦茶を飲んだ。石間にも手渡してスナック菓子を開けて、部屋の電気を点けに立つ。
こうこうと照る蛍光灯の下で、わやくちゃに乱れた布団の半分に石間が寝そべってじゃがりこをかじっている。
ヒワイだ。
「木野」
「なんだ」
男においでおいでされるなんて。
布団の端に膝をついて石間を見下ろす。やっぱりかっこよくて、用件も聞かずに気付けば顔を近付けていた。
「木野」
「あ」
呼ばれて我にかえる。
「木野って、やっぱカッケーな」
「馬鹿にするなよ」
「してないしてない」
「馬鹿にしてる」
セカンドキスは、未遂で終った。でも再度手を握られてびっくりしていたら、そのすきに抱え込まれていた。
「暑い」
「暑いな」
「明日警察に行こう」
「え? あっは、木野って掴めねえ」
「いま掴んでんじゃん」
「そうだな」
今の会話で明日の予定を取り決めたことに、なったらしい。