ブローディア夏
「ファンタとペプシとコーラしかないんだけど、いいか」
「俺には全部同じに見えるよ」
石間の家族が住む賃貸マンションにあがり込んで、炭酸飲料を頂く。
聞く所によると母親はパート、お兄さんは会社員だとかで、今の時間は一人なのだということだ。
父親についての説明は聞かされなかった。
どうってことない普通の部屋で、石間は学習机のイス、俺はベッドに腰掛ける。
共通の友人は皆無、学祭では主役と下働き、クラスではモテ男と生徒K。話題がない。
「俺と木野とふたりって、市立図書館以来だな」
「ああ、あれは悪かったよ」
「ねえ、木野の部屋はもっと広いだろ?」
「プラス二畳、って程度だと思う」
「ペプシ気が抜けてる」
「まあ、そうかな」
せっかく会話してるのに、展開が早い。石間は普段こんなにコロコロ話題変えてて、よく友達と話がつづくな……。
石間がふと真剣な顔で俺を見た。
「木野、つまらない?」
「結構つまってるけど」
「なにそれ」
「石間は格好いいなって……あ。」
石間が真っ赤な顔でイスごと俺に詰め寄って来た。びっくりした。
「木野って、俺と付き合ってるのか」
「は? うん」
石間はキョロキョロと辺りを見渡して、狭い部屋の隅から空の写真集を引っ張り出して来た。
「これを木野と一緒に見たい」
「いいよ」
石間は、緊張しているらしい。
石間が夜空の写真に釘付けになっている。
さっきから同じ写真を、ずっと見ている。
「好きになっちゃったのか?」
一点に集中していた熱視線が俺に向けられる。石間は、ほんとうにモテるだろうな。
「とっくに」
「そっか、石間がそんなだから俺も良いなって思って来た」
「ほんとに」
「ん? うん」
ゆらりと頭を上げた石間の目が潤んでいる。
なんだこいつ、夜空の写真に涙するようなドリーマーだったのかよ。
散々気が抜けて甘いだけのペプシを口に含みながらもう一度写真に目をやると、視界の端で、石間が俺を見ているのに気付いた。
「石間?」
「俺たち、付き合ってるよな」
「あーうん。」
さっきからむず痒い質問ばかりだな……。
「キスしたいんだけど」
「……え!?」
「木野とキスしてえ」
「キスって、男同士でしていいのか?!」
石間は溜め息を吐いた。
「…だからおま、突っ込みどころがおかしい」
「だって他に突っ込む所とか」
「言いたくないが、突っ込むったらもっと違うトコロだろうが!」
「なんだよ、いいだろ! 俺が突っ込みたかったんだから」
「ムードがねえんだよ、もっとこう、いいとこ突けよ!」
「じゃあそっちこそ、男なら潔くガンガンいけば……」
ん?
言い合っていたふたりが、顔を見合わせてしばし固まる。同時に、真っ赤になった。
「あ、いや突っ込むってのは、いや、違うって。そうじゃなくて」
「つっ、うん、つっこ……いや、キスだったよな、キス。」
………。
「ごめん木野、多分犯罪じゃねえからキスしよう」
「うん俺もしたいと思ってた」
………。
至近距離に迫ってから、お互いの言葉に赤面した。
「頼むから、目は閉じてくれよ」
「それでちゃんと唇が合わさるのかな」
「大丈夫だって」
「じゃあ石間が目を瞑ればいいだろ」
「やっぱり木野って変わってる」
「わっ」
石間が俺の頬を手で挟んで引き寄せた。
近い。
言われなくても、こんな石間を目前にしてトロンと目を細めない人いない。そう思った。
上唇と下唇がそれぞれ点で接して、「好きだよ」と囁かれる。
石間は、慣れてる……。
急に胸がジリジリと痛んで、細めた目を閉じると涙がこぼれた。
ただ合わさるだけの唇とあったかい手のひらに包まれて、さっきまでの言い合いがウソのように二人ともが目を閉じていた。好きだよ。俺も。
緊張でバクバクの心臓と、嫉妬でジリジリと込み上げる涙と、安心感が「好きだ」という一言に惑わされてぐちゃぐちゃになっている。
石間は、慣れてるんだ……。知ってたはずだ、モテるんだから。
唇が離れて、涙の感触に石間がうろたえているのにきづいた。
「ありがとう」
なにがありがとうだよ、俺。
なにがって。ファーストキスにありがとうだ。
これはアレだ、ファーストキスに感きわまったっていう涙なんだ。
石間、俺は石間が好きだ。