君が世界
0.こんにちは、世界
気がついたら森にいたのだった。たぶん学校の帰りだったと思う。
地面はふかふかの苔で覆われていて、背の高い樹木が競うように生え伸びている。木漏れ日は絶えずきらめいて、苔の狭間に咲く花の周りを蝶が舞っていた。
少し歩くと、眠るような緑の湖があった。
のどが渇いていたのもあって、誘われるように足を進めていく。水は澄んでいた。覗き込むと、水面に大きな獣の姿が映る。何度も何度も染めてようやく出したような、鈍色の毛並み、長くつややかなたてがみは、湖の色が移ったような緑だ。すんなりとした四肢は鹿か馬のようで、ぴんと立った耳が忙しなく動いている。
金緑の双眸がゆっくりとまたたいて、それが自分の姿だとわかった。不思議とすんなりと理解できた。
もちろん、多少の驚きはあった。十六年生きてきたがこれまでずっと自分は人間だったわけだし。
なぜこの森にいるんだとか、どうして自分が獣になっているんだとか、考え始めればいくらでも疑問はあった。
でもそれよりのどの渇きの方が重要で、水を飲み始めた頃にはどうでもよくなってしまった。
そういうふうにして、彼女はこの世界の住人になった。