むべやまかぜを 2
女主人はそういってナスの漬物を客の前に置いた。
「そうだ。斉藤さん。そのうち一緒に仕事をしましょう。欲得抜きで」
女主人はそう誘い、斉藤亜矢子はちょっと考える。
「欲得抜き、ですか……」
「適当なもの。肩肘の張らないもの。自分たちが描きたいもの」
「それはいいですね」
斉藤亜矢子は始めて楽しげに笑った。作者は、作ることが出来ればそれだけで楽しい。
「うん。そうですね。それはいいですね……どこかの小さなイベントで、自分たちでROMを焼いて。手売りで」
「花世にも手伝ってもらいましょう」
大井弘子と斉藤亜矢子の交渉は妥結し、ウーロンハイのグラスについていたしずくがすーっと滑るようにして流れて落ちていった。
そして丸山花世は新橋の夜空の下を野良猫のようにして彷徨っているはずである。
当然の帰結であるのだが、丸山花世渾身の『絶望作品』が商品となることはついになかったし、そのことで物書きヤクザが気落ちするということもまたなかったのである。



