笑顔の拒絶[Fantastic Fantasia]
「おかえりなさいませ」
石棺を持って帰ったレンを史間が笑顔で迎える。レンは史間に違和感を覚え、それが違和感が無いことに対する違和感であることに気付き笑みを浮かべた。
「ただいま。……史間さんも」
「ああ、そうでしたね。……初めまして。ニレ族の史間未無と申します。以後お見知り置きを。お名前を伺っても宜しいですか?」
「ルナ族レン」
「おや、では貴方が」
史間は僅かに目を見張る。目を見張りながらも笑顔は崩さないのだから見事である。
「で、史間さん、この箱……」
「呼び捨てで構いませんよ。これはですね……」
史間は石棺により蓋を開ける。中には石棺に似つかわしくない大きさの紙箱が一つ入っていた。史間はその紙箱を大事そうに取り出し、蓋を開ける。
「嗚呼、可愛らしい」
小さな十二支の飾りが各々紙に包まれて入っている。随分年代物の様だ。
「そういえばレン様の目的は?」
「図書館への紹介状及び案内。まあ無理になったけどな」
「それは申し訳ないことをしましたね」
全然申し訳なくなさそうな顔で置物に見取れつつ史間は言う。最も図書館への道を壊す選択をしたのはレン自身であるのでレンも責める謂われはない。
ニレ族は全世界の知識を集めた図書館を世界の何処かに持っている。何処か探しても見つからない様に非公開で、レンは其処へ行きたかった。ニレ族なら其処へ行くことができるが、史間が使っていた道は古く限界を迎えていて、あれ以上其のままにしておくと周りに被害を及ぼすのでレンは其れを壊した。だから史間は今図書館に行けない筈である。もしかしたら他のニレ族との連絡手段まで奪ってしまったかもしれない。
「コウ!」
史間が店の奥に向かって呼ぶと笹色の髪を腰まで伸ばした少年が出てきた。
「この石棺、好きにして良いよ」
つまり自分は要らないから処分しておけと云う意味ではないだろうか。物は言いようである。
「レン様、此方は僕の守護神のコウです」
「どーもー初めましてこんにちはっ」
コウは人好きのする笑顔でレンに挨拶をする。
「レンだ。宜しく」
普段のレンは人懐こい笑顔を浮かべるのだが、今は若干頬が引き攣っている。初めて会う気がしない。と云うか絶対に初めましてではない。
つまり図書館への道が崩れそうになっていて史間はコウにあの社を見張らせた。しかし段々状態は悪化し史間は自分の力をコウに被せる様になった。其の内に強い人格の方がコウの身体で力を持ち、史間本体の方は一般人として生活をするしかなくなり、イレギュラーに対処する力が無い為徹底的に他との接触を避けようとする。
其処にレンが現れた。その力に反応して史間の人格が戻って来る。しかし力自体はコウの中に在り別の場所に居るので完全には戻れない。主が危険に晒されるかもしれないので守護神のコウ自体も店に戻りたい。そんな中途半端な状態が青年。
既に社を見張る必要が無くなったので史間もコウも本来の姿に戻ったのだろう。社で風が吹いて甘い匂いが散らされたのも、恐らく史間とコウが風属性でニレ族の痕跡を消そうとしたため―――
レンは息を吐く。取り敢えずレンの中の謎は解けた。図書館には行きそびれたがどうせ急ぎではないのだ。ニレ族の知り合いができただけでも占めたものである。なにしろ絶対数が少ないのでそうそう出会えない。
「レン様」
コウは石棺を庭においてベンチを作ろうとしている様だった。
「部屋を整えておきましたので好きなだけご滞在ください」
レンが史間を見ると笑顔を向けられた。
「本気ですよ。此処をレン様の帰る場所だと思って頂きたい位です。あ、商品全部見たら一つ差し上げる約束も有効ですから」
「覚えてはいるんだな」
「ええ、全て。レン様外面良いですねぇ」
史間の言葉にレンは噎(む)せた。
「いやだなぁ褒めているんじゃありませんか。あの状態であの判断は賢明ですよ」
史間は細めていた目を僅かに開けて微笑んだままレンを見る。
「僕たち、良い友人になれると思うんです」
風が、穏やかな温かい風が吹いている。
「おう、宜しくな」
レンは史間に親指を立てて見せた。丁寧語は性に合わないとばかりにレンは本来の話し方になる。
店は今日も温かい日溜まりの中、金色たちの風が吹く―――
作品名:笑顔の拒絶[Fantastic Fantasia] 作家名:幻夜