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笑顔の拒絶[Fantastic Fantasia]

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【笑顔の拒絶】 Fantastic Fantasia


――― 俺、一体何やってんだろ
 降り立ったプラットホームで三本目の電車を見送り、レンは何回目か分からない溜息を吐いた。自問自答を繰り返し、それでも答えは解り切っているので悩むこともできずに溜息を吐く。レンは諦めて荷物を担ぎ直すと改札を抜ける。
 何も無い街だった。
 否、何も無い訳ではない。駅の前にはデパートが立ち、そのまま繁華街へと続く。その通りとは別に大きな通りが在り、両側に小奇麗なオフィス街を造っている。どちらもそんなに長くなく、同じ形の戸建ての家が並ぶ住宅街へと入る。反対側には丘が在り、新しくは無いが凝った造りの家が中腹の展望台まで続いている。垢抜けてはいないが田舎でもない、そういう街だった。こんな街にも面白い、気の合いそうな人は何人もいるだろうし、史跡の3つ4つ、伝承の十や二十在る筈だし、其処此処で季節の花が色を競っている。しかしレンは今、それらに興味を持つことは出来なかった。それらの上を覆って否応なくレンの関心を惹きつける、否、思考を絡め取るものがあった。
 匂い、だった。
 大分薄まってはいるが気になる匂いがする。視界に霞が掛かる。誘われた訳でもないし用事が在る訳でもないのにレンは其れを無視できない。気になって仕方が無いのだ。できれば今は関わりたくないと思っていても、レンの鋭過ぎる勘は迷うことなくレンを匂いの元へと連れて行く。少し離れた街を通り掛かっただけなのに風に運ばれた匂いに気付いてしまい、此処に至る。
 オフィス街から一本逸れると薄汚れた高くないビルが並んだ細い通りに出た。機能しているのか分からないその通りは静かに人気無く横たわっている。中心から少し逸れると一辺に寂れる辺り此の街を象徴している気がした。
 その通りを歩いて行くとビルに挟まれるように小さな家が在った。垣根が在り、芝生の様な庭が在りその中を跳び石が家の扉まで続いている。平屋建てではないだろうが周りのビルのせいで嫌に小さく見える。コンクリートに挟まれた木造建築と緑は生き生きとしているようでセピアがかっても見えた。一般家屋ではない。
 明らかに異質だった。
 レンはその扉に手をかける。軽い手ごたえで扉は内へと開き上部に付いた呼び鈴が音を立てる。
「いらっしゃいませ」
 店内は薄暗かった。大きな磨りガラスの窓から入る明かりで視界には不自由しないがそれでも外から入ると一瞬目が眩む。
 扉のある壁側にはオープンテラスにある様なテーブルと椅子が左右に二セットずつ置かれていて、陳列棚がレンに垂直に何列もある。その棚の間で商品を並べ直していたらしい男性がレンに声を掛けた。白いシャツに黒いベストとズボンというまるで喫茶店の店主の様な出で立ちだ。嗚呼、コイツだ、とレンは思う。彼こそが違和感の正体だ、と。
「何かお探し物ですか」
 青年はあくまで笑顔で丁寧に話し掛けて来る。レンが何者であるか気付いているだろうに、一般人として接してくる。
 ――― 心を許した訳じゃないってか
 レンは心の中で呟くと青年と同じように笑みを浮かべる。
「いえ、此の街に来たばかりであちこち歩いている所なんです」
「そうですか。どうぞゆっくりしていって下さい」
 青年は商品の方へと向き直る。食えない人である。歓迎もしないが拒絶もしないらしい。
 レンは青年とは少し離れた通路に入る。商品に正面から向き合ってレンはほおっと感嘆の息を漏らした。棚には小さな置物や年代物の食器やフォトフレームやらが無秩序にそれでいて丁寧に置かれている。埃も積っていない。そしてそれら一つ一つが温かみを持っていた。人や、生けるものの想いの、それも幸せだとか希望だとか是のものの詰まった物ばかりが集められている。レンは手近の瀬戸物の少女の人形のついたオルゴールを手に取る。温かさが体に広がる様な気がした。それだけではない。置かれているものたちの温かさが少しずつ響きあい店の中に温かさを満たしている。風の様に流れる金色がレンを通り抜けて笑った。レンは少し泣きたくなった。


作品名:笑顔の拒絶[Fantastic Fantasia] 作家名:幻夜