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拝み屋 葵 【肆】 ― 師道隘路 ―

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 *  *  *

「ご苦労であった。葵七片姫(アオイノナナヒラノヒメ)」
 三十畳はあろうかという大きな部屋。
 葵七片姫は、奥にある簾の向こうから響く荘厳な声に耳を傾けていた。葵七片姫が葵の天狗名であることなど、言わずもがなであろう。
「思うてたより楽しゅうおしたわ」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。
 しっとりとした深みのある朱色の袷(あわせ)を着た葵は、その手に藍染の笛袋を抱いている。
 葵は天狗神楽に一番笛奏者として参加し、この七片を吹奏したのだ。
 鞍馬山僧正坊と同格である者の弟子である葵には、鞍馬山僧正坊の一派として天狗神楽に参加できる権利がある。笛の腕前については、超一流とはいかないまでも、人前で吹いて聴かせることができるものだ。勿論、夢幻空間・賽の河原を使った修行の賜物である。
「これ、お返しします」
「貸した覚えはないのだが」
「せやかて、この七片はお師匠はんの宝物どすやろ?」
「その通り。宝物であればこそ、貸すような真似はせぬ。弟子であろうともな。それはお前に譲ったのだ。返される謂われは、ない」
「……おおきに」
 葵は、嬉しそうに笛袋を抱いた。
「せやったらお師匠はん。この七片、ここで預かってもらえまへんか? ウチの家にあっても、ここやないと吹けまへんし」
「分かった。好きなときに持ち出して、好きなだけ吹くといい」
「お師匠はんも、天狗神楽でこの笛を吹きなはったんどすな」
 しゃ、という歯切れの良い音と共に、二人を遮断していた簾が上がる。
「なぁに、昔の話さ」
 葵は、濡れ縁に向かう師の背中を追う。
「つい先ほど、天狗狩りを行った者の正体を突き止めたとの報せがあった。市井の退魔師がやったことらしい。双方合意の上での手合いであれば何の問題もなかったのだが、問答無用で急襲したらしいからな。比良殿は、こちらで対処すれば事を荒立てずに済ませてくださるそうだ」
「ウチやったら構いまへん。すぐに準備して行きますさかい」
「ん。でもその前にさ」
「何どすやろ?」
「実は聴きそびれたんだよ、葵ちゃんの笛」
「へ?」
「だからさ、今ここで聴かせておくれ」
 葵の視界の端に、徳利を抱えた薄の姿が映った。
「よろしおます。ウチの天下一品の笛の音、存分にお聴かせしまっせ」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。

 ― 『葵七片姫(アオイノナナヒラノヒメ)』 了 ―