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Wish  ~ Afterwards ~

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「どのみち、すぐには帰られへんな……」
 立ち上がった航がチラリと外を見て溜息をついた。
「シンタロ! 後片付け、手伝お!」
「……って?」
「放送部のみんなが片付けに来るんちゃうん?」
 木綿花と教諭に問い掛ける。
「マイクを外すだけよ」
 ワイヤレスのが二台設置してあるだけだから、教諭の手で、すぐに終わる。
 三年生は今日までだが、それ以外の学年はまだ三学期中である。細かい片付けは明日以降、在校生の部員達がやるらしい。
「でも……」
 二人の様子を見て教諭がクスリと笑って続ける。
「そんなに真っ赤な顔じゃ、しばらくはここにいた方がいいわね」
 教諭に指摘されて、二人で顔を見合わせる。……確かに、赤い。
「じゃ、ステキなライブのお礼に、先生、ジュースおごっちゃう!!」
 そう言うと、待っててね! と手を振り、教諭は音楽室を出て行った。
 残された教室で二人がギターをしまい始める。
「……ホントに怒ってない?」
 黙々と片付ける二人に木綿花が声を掛けてくる。
「怒ってねーよ!」
 木綿花を振り向いた慎太郎の顔が、
「てか、それを通り過ぎて怒る気にもなれねーよ」
 既に“呆れる”状態になっている。
「ある意味、俺の勘は当たってた訳やな」
 ギターケースを閉じて言う航に慎太郎が頷いた。
「結局、先生もグルだったって事だ」
 やれやれ……。と、二人揃って溜息をつく。
「この椅子、こっち?」
 音楽室の長机にケースを置いて、自分達の椅子を指し、木綿花に訊ねる。
「うん。そこと……そっち……。ごめんね、慎太郎、航くん。……これが最後だと思ったから……」
「怒ってねーって言ったろ」
「最後にええ思い出作らしてもろたと思とく。な、シンタロ?」
「そういう事にしといてやるよ。だから、お前が泣きそうな顔するな!」
 慎太郎が木綿花の額を指で弾き、航が微笑みかける。
「……うん……。ありがと」
 笑顔を返す木綿花。そして、
「……!……」
 航が何やら思いつく。
「シンタロ、ボタン、貰うな」
 と、突然、慎太郎の制服に手を伸ばしたかと思うと、
“ブチッ”
 ボタンを一つ、引きちぎるように取った。
「おい!」
 驚いている慎太郎をスルーし、自分の制服のボタンも……。
“ブチッ”
「木綿花ちゃんのも、いい?」
 遠慮がちに木綿花の制服のボタンに手を伸ばすと、なるべく制服を破損しないように引きちぎる。航の手の中で三個のボタンがジャランと音を立てた。
「どうすんだ、それ?」
 慎太郎と木綿花が首を傾げる。
「はい!」
 その手を木綿花に差し出す航。木綿花が反射的に手を出し返す。航が木綿花の手の中に、三個のボタンをそっと渡した。
「“最後”やないよ」
 木綿花の手に自分の手を添え、ボタンを握らせる。
「俺等、ずっと一緒やから」
 な! と慎太郎を見る。それに答えるように慎太郎が笑った。
「三人、ずっと一緒に居(お)れる“お守り”」
 大事にしてな。と微笑む。
 高校は離れても、ずっと、一緒……。
 いつも元気な木綿花が“最後”だと思うほど“別れ”を意識していたのが、少し嬉しかった。
 ――― そして、戻って来た教諭とジュースで卒業を乾杯し、教室を後にする。
「ね、あれ、香澄さんじゃない?」
 階段の踊り場から見える正門。その脇の人影を見て、木綿花が言った。
「あんまり遅いから、心配したのかな?」
 と二人を振り返る。
「メール、しとく? “今、行きます”って」
 航の言葉に、
「面倒くせーな……」
 と、慎太郎。
「いいよ。私、先に校門まで行ってるから! ライブの報告してくる!!」
 言うが早いか、木綿花が階段を駆け下りて行った。
「結局、忙しい奴だな」
 呆れる慎太郎。その隣で笑っていた航が、
「なぁ、シンタロ……」
 静かに語りだす。
「シンタロ、京都で言うた“約束”なん……」
「しねーぞっ!!」
 ギターケースを掛け直しつつ、慎太郎が速攻で否定。
「まだなんも言うてへんやん!!」
「見当くらいつくっ!!」
 以前航が言っていた“ふたりで”“外で”“一緒に”“歌う”。繋げるだけで十分過ぎるくらいだ。
「絶対、ヤダ! てか、出来ねーっ!」
「そんなん、やってみん事にはわからへんやろ!」
「ム・リ・だ!」
 二・三人ならまだしも、何人もの聴衆を前にして歌う事の恥ずかしさは、痛いくらいに分かっている。
 階段を降りる慎太郎の足が早くなり、航が足を止めた。
「“約束”。反故にする気ぃか!?」
 ズンズンと先を行く慎太郎に航の声が当たる。
「反故って、お前なぁ……」
 ムッとして戻ってくる慎太郎。
「お前が言い出したんだろ?」
「“約束”はシンタロが言うた!」
 途端、慎太郎の舌打ちが聞こえ、
「今、“チッ”って!」
 今度は航がムッとする。
「あーっ! もうっ!!」
 左肩にギター、右手に学生カバンの慎太郎が頭を掻きむしりながら屈み込んだ。
「シンタロ?」
「……ったくよ……」
 あの時に仄めかされて気付いていた筈なのに、つい、ギターを買ったのが運の尽き。その上、ふたりで歌う事の面白さを知ってしまった。
「まんまとノセられたかと思うと、自分に腹立つわ!」
「シンタロ!」
 航の顔がみるみる輝き始める。
「航!」
「はいはい」
 満面の笑みで頷く航をしゃがんだまま睨み上げる慎太郎。
「歌も歌うし、ギターも覚える。けど、外は、ヤダ!」
「なんで!?」
「ヤダから」
 たった今、大観衆を前に歌ったばかりである。校舎越しにも関わらず、その観衆を見た途端、ふたり揃って耳まで真っ赤になってしまった。
「そんな状態で、出来るわけねーだろ?」
「……そやけど……」
「家でやって、時々、木綿花に聴かせる。……ってんなら、考えてもいい」
「ほんでもって、ノセられついでに、流されてみるってゆーのは……」
「ぁん!?」
「ひ、ひとりごと! ひとりごと!」
 パタパタと手を振り、航が階段を降り始める。
(今までも、ノセられついでに流されてんにゃから……)
 思いつつ、つい、
「くふふ……」
 笑みが漏れた。
「なんだよ!」
 立ち上がった慎太郎に肩を掴まれ、思わず目を逸らす航。
「別に、な〜んも」
「お前、またなんか企んでやがんな!?」
「“企んでる”って、人聞き悪いなぁ」
「図星だろーよ!」
「そんなことあらへんよ」
 ペロリと舌を出し、階段を二段毎に飛び降りていく。
「逃げる気か!?」
「とんでもない!」
 最後は四段をトン!と飛び降りたところで、慎太郎母と木綿花を確認し、走り出した。
「おばさーんっ!!」
 気付いた慎太郎母が、
「航くんっ! 慎太郎―っ!!」
 少女の様に手を振る。
「航! 人の親にカコ付けて逃げてんじゃねーぞっ!!」
「逃げてませーん!」
 笑いながら走る航を追う慎太郎。
 校門で木綿花と母が笑っている。
「やらねーからなっ!!」
「聞こえませーん!」
「んなもん、却下だっ!!」
「棄却しまーす!」
「だーーーっ!!!!」
 追いついた慎太郎が航の後ろ襟を掴んだ。慌てて止める慎太郎母の隣で木綿花が笑い転げている。


 校庭に春一番が吹いた。
 ――― 今年ももうすぐ、桜の花が咲く。




作品名:Wish  ~ Afterwards ~ 作家名:竹本 緒