あの時の選択
何気ない日々の中でも、いくつもの選択をしてきた
小さくてどうでもよいものからその後の人生を変えてしまうような大きなものまで
私たちはみな、日々選択という作業を繰り返し自分の人生の行き先を決めている
自分の死については『自殺』という手段で、時・場所・方法などをある程度決めることができる
病気や事故については、自分が選択したのも同然なものと不可抗力なものとの両方があるけど、
およそ選択の余地が全くないのは、自分が生まれてきたことくらいかな
これからもいくつもの選択をしながら、私たちは自分の生きる道を決めて行く
過去に自分がした選択に思いを馳せる
心の底にいつまでも留まって決して消えることのないあの時の選択
別な選択をするべきだったのかな
別な選択をしていればどうなっていただろう
彼女は言った
「結婚しないでよ…」
私はまた困ったような笑顔で誤魔化した
「はは…」
私は結婚した
自分の心を彼女から離れさせたくて
恋愛ではなく、見合いで決めた相手だった
結婚生活の中ではそれなりに小さな幸せを見つけることができた
でも心の中のどこかにはいつも彼女が隠れていて、
時折現われては私をあの頃に引きずり戻す
彼女は大学の同級生だった
私は彼女が好きだった
彼女と居ると、私は幸せだった
いつも彼女のそばにいたかった
一緒に留学にも行った
言い出したのは彼女だった
アメリカでは大学の寮の同じ部屋をシェアしていた
ある日、じゃれ合うだけの口喧嘩になって、私がふざけてジーンズのベルトを引き抜いて鞭にのように鳴らして言った
「なんだと、ごるぁぁ〜!」
ベッドにうつ伏せになっていた彼女は言った
「なにしてもいいよ…。」
私は困ったような笑顔で誤魔化した
「はは…」
私は彼女に何もしなかった
いつも手を伸ばせば触れるところにいたのに
飛ぶことができず、心はいつも宙ぶらりんだった
付かず離れずの何もない毎日が過ぎて行った
彼女と同じ会社に入社した
頻繁に連絡を取り合う事はなくなった
部署が違うので滅多に社内で会うこともなかった
偶然エレベーターホールや玄関ホールで彼女と会うと、私の心臓は膨れ上がるように鼓動し胸が苦しくなった
顔もにわかに紅潮してしまうので、周りの社員におかしいと思われるのが怖くて、素っ気ない挨拶をするのが精いっぱいだった
「元気してる?」
「うん…。じゃね。」
あんなに好きなだったのに、飛ばないように私を雁字搦めにしていたものは何だったんだろう
あの時、彼女にキスして抱き合っていたら
あの時、彼女の願ったとおり、結婚しないでいたら
今、どうなっていただろう
彼女は今も一人でいる
そして時折現われてはあの頃の私に引きずり戻す
でも、もう私は選択した
永遠に、この思いとともに朽ちていこうと