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主よ。すべての光に祝福を。

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――ガチャリ、と。
 「ヨリ? ……ヨリ、いないのか。ヨリ?」
 分厚い扉の隙間から、件の悩みが顔を覗かせた。
 「ヨーリー、どこだー?」             
 女子生徒――一万頭一々(いちばんがしら ふたつ)は、虚ろな目で、“瞳は動かさずに辺りを見回す”。まるで地面があることを確かめるかのようなおぼつかない足取りで扉をくぐり、――目の前の段差に足取られて躓く。
 「危ねえ!!」
 寸でのところで、なんとかよろめきながらも僕は彼女の身体を受け止めえることに成功した。
 「……お。おー。見つけた。捕まえたぞ、ヨリ」
 「一人でここには来るなって言っただろ。何かあったらどうするんだよ」
 「問題ないさ。今みたいにヨリがなんとかしてくれるだろ」
 こいつは、また、勝手なことを言う。
 「つい今さっきまで僕はいなかったがな」
 「だからお前を探していたんだ。ここはお気に入りらしいじゃないか。山を張ってみたが、どうやらアタリを引いたらしい」
 「本当に次からは、僕の同伴無しに近付くなよ。何度忘れるんだよ、お前」
 「いいや、ちゃんと憶えているよ」
 彼女は離れ、僕と向き合う形になる。――と言っても……――
 「けど、お前がいる場所だ。危険なんて、ぽちも感じないさ」
 ふ、と。光を宿さない虚ろな瞳で、彼女は笑う。
 こちらを見向いて。
 しかしその目は、僕を捉えず。

 閉鎖された屋上にロマンはない。この無機質さは、ただただ空しくなるだけだ。ただ、この場所が、僕にとって独りで考えに耽るのに適しているというだけ。お気に入りだなんて思っちゃいない。
 金網フェンスに囲まれたアスファルトの檻の中。ぽつり一つ残された寂れたベンチに、僕は彼女を誘導して腰掛ける。
 一々は。
 僕の肩を借りると彼女は、先のおぼつかない足取りとは打って変って、僕の歩調に合わせるように気兼ねのない自然な足取りになる。まるで目が、足元が見えているように。
 だからなんだと言われそうだが、僕にとって気掛かりなのは、それが僕――「有杖頼鵡 (ありづえ よりたけ)限定」だということ。
 
 『補助があるから安心なんじゃない。ヨリ、お前だからなんだよ』

 その昔の問答。
 「お前がずっと私の目だったらいいんだけどな」
 「それは」
 ……嫌だな、と。

 曰く、僕は彼女にとって『目』だという。
 やれやれ。付き合いが長いからって、その役割を身内よりも当てにならない、よりにもよって何で僕に押し付けたのやら。
 「そうだヨリ、聞いてくれ! 実はさっき一つ上の男子から告白されたんだ! すごいな。これで高校に上がって八人目だよ」
 告白、ね。
 「座って黙ってれば一応、美人な部類だしな」
 「よせよヨリ。照れるだろ」
 はー。
 「……天然ビッチ」
 「なにっ? 私はビッチなのか?」
 寄りかかったら背もたれが軋んだ。それとも、軋んだのは、僕の方か。
 「……お前さ、この間、三年の先輩と出かけたんだってな」
 唐突に、僕の語のトーンが落ちたことに耳のよく利く彼女は知ってか知らぬか、温くなった缶に口を付ける。
 「二枝がさ。お前とソイツがホテル行くのを見かけたって」
 「ああ。らしいな」
 平然と。彼女の言葉は普段の談笑のそれと変わりなく。
 「やっぱビッチじゃねーか」
 無言の空気の中を、師走の風が吹き抜ける。
 ……寒いな。流石にベストだけで耐えられる気温じゃなくなってきたか。一々のやつも、俯いて肩震わせてるし――
 
 「――……ぷっ、くくっ……は、あはは、はははははは!」

 ほら寒いだろ風邪ひいちまうそろそろ戻ろうぜ――なんて、取ろうと肩が爆笑し始めた。
 なんだ。なんだなんだ。
 突然狂ったようにゲラゲラと、抱腹絶倒も寸前のそんな彼女に対し僕は、それが止むまで、しばらく唖然とせざるを得なかった。
 「はぁ……ごめんごめん。お前があまりにも可笑しくってさ、つい」
 僕から突っ込ませてもらえば、この場合おかしいのは明らかにお前だったけどな。と、胸の内で突っ込んでおく。舌打ちだけはしておいた。
 「ネタバラし、してやるよ。ヨリ」
 ……ん?
 「は? ネタバラし?」
 「ああ。――いや実はさ、自分で言うのもおこがましい話なんだけど、私は『そういう方面』には丸っきり疎いんだ」
 それは知ってる。
 こいつは昔から、その手の話題にはほとんど興味すら示さなかったようなやつだった。
 「ラブホテル? だったか。後でユヅルから聞いて初めて知ったくらいだよ」
 それはそれですげぇーな。おい。
 「楽しい場所に招待すると誘われて、水族館とか映画とか、ああ、ゲームセンターは流石に息苦しかったなぁ」
 それが所謂デートだということは恐らく彼女も分かっていることだろう。けれど、
 「それ、お前はほとんど楽しくないよな」
 「ま。色々と聴けたのはよかったよ。けどその通り、やっぱりみんなが感じる『楽しい』っていうのは、どうも私にはよく分からないからさ。それが伝わったのか、『最後にとっておきの場所に案内する』って言われて連れて行かれたのが」
 「……男の僕が言うのもなんだけれど、男なんてそんなもんだよ」
 ふうん、と彼女は鼻を鳴らすだけだった。
 もしかすると、僕は今、怒っているのかもしれない。何に対して、誰に対して、何故かは分からないけど。彼女が笑うのを見て、そう思った。
 「けどじゃあ、どうなったんだよ。そこまで行ってさ」
 「旅行じゃない、家も近いのに、わざわざ宿泊する必要がどこにあるっていうんだ」
 「……お前、まさかそれを言ったのか?」
 「私は単純に疑問を口にしただけだよ」
 ずぃー、とベンチから滑る僕。
 これは、ずっこけざるを得ない。確かに、ヒドイ笑い話だ、まんまと茶番に嵌められたものだよ。ただ相手にはザマァミロとだけ言っておく。
 「やっぱりお前は天然ビッチでいいか」
 「まだ言われるのか?」
 「だってお前、結局のところ誰一人断ってないんだろ?」
 そうだ。
 彼女、一万頭一々は想いを告げた男の誰の気持ちも承諾はしてないが、同時にまた、誰の想いも拒んではいなかった。
 生殺し、だと思う。ある意味、断るよりも傷付くんじゃないだろうか。
 「……かもしれないな」
 腰を上げると、彼女は一度大きく深呼吸をする。
 「結局は私の独りよがりなんだ。ただ、「好き」だと言われたいだけなんだよ。……と思う」
 指先でそっと身体をなぞっていく一々。頭から、耳を下りて、首筋を伝い……胸で止まった手が、そっと握られた。
 「目が見えないということは、感覚が一つ足りないだけじゃない。ここが。やっぱりさ、足らないんだ、ヨリ。感動が。みんなが持ってるそれに比べて私のは酷く穴だらけなんだ。『不良品』なんだよ」
 憤然とした。咄嗟に出かけたきっと無意識に彼女を傷つけるであろう言葉は、しかし彼女の次の言葉に呑まれて消えた。