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勘違いの恋

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冷え切った身体が冬の訪れを告げている。

別れ際、いつだって彩夏は必ず「 またね 」と微笑んだ。遠ざかるヒールの音は孤独と現実を運んでくる。まるで二度と会えなくなってしまうかのような、そんな言いようのない不安を私はいつも彼女の背中に感じていた。
今晩も何ひとつ変わらない。確信があるのは自分のせいだ。

理想と正解を頭ではきちんと理解していた。返すべき言葉はたったひとつだと、目の前の笑顔も言っていたのに。
捻り出すのが遅すぎた。

「 ありがとう。 」

ずっと言わなくちゃ、って、思ってたから。
ほっとした、と呟いた彩夏の表情は、いつも通りの肩越しで最後までよく判らなかった。


あのときの速まった鼓動は今でも容易に思い出せる。自分から彩夏に誘いの連絡を入れたのは、この十年を通して今回が初めてだった。
呼び出し中、コール音が途切れるまでの空白をあんなにもどかしく感じたことはない。考えた台詞を頭の中で繰り返し練習しながら、跳ね上がる気持ちを必死で堪えて。受話口の向こう、驚きながらも嬉しそうに応えてくれた彼女の声に何故だか泣きそうになった。
薄情な私は理由を探さない。本当に馬鹿だ。

彩夏との支障がない時間は平凡で、取り立てて騒げるような出来ごとなんてひとつもなかった。それでも私は覚えている。どうでもいいことばかりの毎日を、彼女の隣で過ごした日々を、戻れないひとつひとつの瞬間を、この先ずっと忘れないだろう。
綺麗にマスカラの乗った彩夏の睫毛。真っ直ぐに透き通った黒い瞳。
初めて向かい合った彼女のそれは、眩暈がするほど綺麗だった。


混乱する頭に立っていられなくなって、思わず膝を抱え込む。
寒さを言い訳に襲い来る震え。溢れ出す涙と嗚咽を止める術はどこにもない。握った拳のやわらかさは昔触れた彩夏のそれに酷く似ていて、似ているからこそ悲しくなった。

自分の両腕を抱きしめる。
彼女の身体を抱きしめたことにはならない。


気付いてしまった。
言えばよかった。

作品名:勘違いの恋 作家名:神崎