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タクシーの運転手 第五回

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「なんか同僚から聞いた話だと、血がドバーッと出るらしいんですよ。血は苦手じゃないですけど、さすがにびっくりしますよね…」
 彼は妙に姿勢よく座っていた。緊張して体が硬くなっているようだ。
「あと、妻がすごい顔して苦しんでるのはあまり見たくないかなぁ、なんて思ってるんですよね」
 彼は口の周りを撫でながらそう言った。
「そうですね。僕はどちらかというと、夫は妻の出産に立ち会ったほうがいいと思ってます。あなたが不安である以上に、彼女は不安だ思います。特に何もしてあげられなくても、そばにいて、見守ってあげるだけで、力になれますよ」
 運転手は励ますように彼に言い聞かせた。
「そうですか。こんな弱気な気持ちじゃ、妻に申し訳ないですよね。はい、ありがとうございます!」
 彼は深くお辞儀をした。
「いやいや、そんなたいしたことは言ってないですよ」
「謙虚ですね」
 彼は感服したように言った。
「そういえば、もうお子さんのお名前は決めたんですか?」
「はい、決めました。美桜という名前です。美しいと桜という字です」
「それはそれは、可愛らしい名前ですね。美桜ちゃんですね」
「ははっ、少しシンプルな名前かなぁと思っていたんですけどね」
 車内は笑い声が響き、和やかな雰囲気になっていた。
 大きな病院が見えてきた。
「病院が見えてきましたね。中入りますね」
 入り口まで車は入っていった。
「はい、着きました。ここでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございました。いい言葉を頂きました」
 お金を渡すとき、彼は軽く運転手と握手をした。
「いやいや。お気をつけてください」
「本当にありがとうございました。では」
 そう言って彼は車を降りて、病院へ走っていった。
「いやー、それにしても難しそうな男性だったな」
 そして再び彼の車は走り出す。
 どこまでもどこまでも。