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骸骨男

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 墓場から男の姿が完全に消えた頃、骸骨は革製の入れ物を手にしていた。大分古くなっているそれは所々擦り切れていて、使えそうになければ売れそうにもない。骸骨が入れ物を開く。札と小銭がそれぞれ別の場所に入るそれは、財布だった。財布だからこそ骸骨はそれを盗ったのだから、名刺入れであっても困る。
 札入れには、紙が八枚入っていた。しかしそれに価値はない。紙は全て、どこかの店の割引券だった。ご丁寧に、全て期限が切れている。では、小銭入れの方には何が入っているのか。覗いてみると、硬貨は入っておらず、折り畳まれた紙が入っていた。骸骨は小首を傾げる。細長い手が、慎重に紙を取り出した。紙は骸骨の予想よりも重く、何かが入っているらしい重さであった。ゆっくりと紙を開く。四つ折にしてあった紙の中から二枚の硬貨がテーブルに転がり落ちた。
『話一つに大金を懸けられる程裕福ではないため、今回はこれで勘弁して欲しい。』
 神経質な性格が読み取れる字が、あの男のものであると想像することは容易い。となると、この素っ気ない一文の後に書いてある名前も、恐らくあの男の持っている名前だろう。そうなれば、その直前の肩書きが、他の者に乗っていることなどありえない。骸骨の視線は自然と肩書きを読み取った。
「…………は?」
 肩書きの意味する職業を理解して、骸骨の動きが止まった。字面に質量があるのならば、鉛程の重さがしただろうこの言葉が意味するところは、世間一般で言う“正義の味方”であった。そして、世間一般からは大分かけ離れていて、更にあまりよろしくない覚えが身に(どちらかというと骨に)ある骸骨にとっては、あまり出会いたくはない相手でもある。
 挟む力が弱くなった骸骨の指から、一枚の紙がテーブルに滑り落ちた。けれど骸骨の指には変わらず紙が挟まれており、紙は元より二枚以上存在していたと主張している。改めて確認してみれば、紙は二枚のみだった。現在進行形で骸骨の指に挟まれている紙には、既に目を通した。もう一枚の紙には、どの様な恐ろしい言葉が書いてあるのか、骸骨は紙を拾って何も入っていない眼窩に近付けた。
『スリは犯罪です。』
 直後、骸骨の叫び声が墓場に響き渡った。


 墓場の入口で、男が欠伸をした。時計の針は真夜中を指している。どうやら男の体感していた時間よりも、多くの時間を骸骨に割いていたらしい。仕事柄、睡眠時間が削られるのには慣れているが、出来れば眠る時間は長い方がいい。それに、男はあの頭の堅い上司にこの不思議体験を認めてもらう方法も考えなければいけないのだった。
 男が墓場に来たのはわざわざ骸骨の昔話を聴くためではない。墓場で老人に昔話を聴いた者たちが、口を揃えて財布を盗られたと言い、その真偽を調べる役目が男に回って来たのだ。連続殺人犯を追っている者たちに比べれば随分と楽だと思っていたが、蓋を開ければ骸骨が出てくるなど、誰が考えられるだろうか。
 骸骨と別れた際、確かに軽くなった尻ポケットを男は確認している。更に、隠して撮った写真は、盗撮が向いているのではないかと悩んでしまうまでに、財布が盗られる瞬間を明確に写し取っていた。
 しかし、これらをそのまま話したとして、あの上司が認める可能性は十に一つ、百に一つ、いや、万に一つほどだろう。予想される上司の反応に男は溜め息を吐いた。“そういった者たち”に対していくらか寛容なこの国だが、事件の犯人にまでしてしまえば、真犯人が判らなかった故のでっち上げと見られるに相違ない。
 主人の帰りを待っていてくれた愛車に男が辿り着くと、墓場からは些か近所迷惑な叫び声が飛んできた。とはいえ、近所に家はないから、迷惑がかかるのはこのあたりに住む、虫やら動物やらだろうが。
 それならば自分も、やり切れない思いを叫び声にしてしまおうか。大きく息を肺に取り入れた男の声は、勇気のない溜め息に溶けて大気に混ざった。
作品名:骸骨男 作家名:菅野