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ソラノコトノハ~Hello World~

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◆エピローグ「Hello World〜ソラノコトノハ〜」



――真っ白な空間だった。
――その空間の中央に、白い服を着て白く長い髪をなびかせた女性が立っていた。
――女性は優しく微笑み、唇が静かに動く。誰かを呼んでいるようだった。

 そんな夢を見た。


 目覚まし音が部屋に鳴り響き、勇哉はその音で目を覚ました。まだ休日だというのに平日と同じ時間に起きてしまった。
 ここ数日はルーラの声で起こされていたから、目覚まし音で起きたのが妙に懐かしく思える。
(おはよう、ルーラ)
 とりあえずルーラに話しかけたが、何も返答は無かった。
 昨日、ルーラの声が聞こえなくなった後も三十分ぐらいは、もしかしたら自分の声がまだ届いているのではないかとルーラに話し続けていた。
 声が聞こえなくなった時、琴葉を始め、穂乃香や本宮も涙を流していた。あの志津香ですら瞳に涙が浮かんでいたが、当の勇哉は普通だった。
 寂しいという思いはあったが、それは涙を流れるほどの悲しみではなかった。
 心のどこかに、ひょっこりとルーラが話かけてくれるのではないかと思ったからだ。
 皆が一通り落ち着いた所で、時間も午後十時を過ぎていたこともあり、解散の運びになった。
 志津香たちは、
「私たちは小此木さんを送って帰るわ。ついでにホノの家に泊まるし」
「それじゃ、僕も途中まで付いていくよ。帰る方向は一緒なんだし」
 男が一人いるだけでも安全だと、本宮は志津香たちのボディガードを勤めることに。
 勇哉は、ただ一人。いつもは自転車で通う道を歩いて帰った。その間、それとなくルーラに話かけてみた。
 家に帰り着いたのは、午後十時四十分頃。
 さすがに高校生といえど、「遅い! この不良!」親に叱られてしまった。晩御飯を残してくれていたけど、どうも食欲は沸かなかった。
 そして、そのまま風呂に入らず、ベッドに倒れこみ眠りついたのだった。
 勇哉は自分の部屋から居間へ向かうと、既に起きてテレビのニュースを見ていた母親が、勇哉を見て驚く。
「珍しい。まだゴールデンウィークよ」
「知ってる……」
「何か食べる? 昨日、何も食べないで寝たから、お腹が空いているでしょう?」
 浅く頷いた。
 母が朝飯を用意してくれている間、さっき見ていた夢を思い出す。
 白い女性……。
 もしかしたら夢の中の女性が、ルーラなのではと少し笑いながら、
(なぁ、ルーラ。もしかして髪が長かったりするか?)
 ルーラに訊いてみるが、何も返答は無かった。


 朝ご飯は、豚のしょうが焼きだった。
 どうやら昨日の晩御飯の残りもので、普通だったら朝からこんなコッテリしたものは喰えないが、昨日何も食べていなかったので自分でも驚くほどに箸が進んだ。
 食事を終え、このまま二度寝するのも良かったが、心に何か引っかかる事があった。
 ルーラの事だ。
 本当に聞こえなくなったのだろうか。
 本当は聞こえているけど、面白がって聞こえないフリをしているのではないかと勘ぐる。
(なぁ、ルーラ。本当は聞こえているんだろう?)
 もの音ひとつしない沈黙が漂う。ルーラからの返答は無かった。
 勇哉は衝動的に自転車のカギを手に取り、家を飛び出した。
 そして、ペダルをこいだ。必死にこいだ。
 向かう場所は、羽ヶ崎高校。
 一度も信号に引っかからず、いや引っかかりかけたかも知れないが、まだ青信号が点滅していたのでセーフだろう。そのお陰で普段より十分も早く辿り着いた。
「正門は閉まっているんだろう!」
 勇哉は校門を無視して、学校の南口へと走り続けた。
 南口に着いた途端に自転車を乗り捨て、今度は自分の足で走りだした。
 今度の目的は、あの中庭。
 そして息を切らして中庭に辿り着く。勇哉は中庭の中央に立ち、両手を高々と空にかざした。琴葉がいつもやっているポーズだ。
 そして、
(聞こえるか、ルーラ!)
 呼びかける。
(聞こえているんだろう! ルーラ!)
 呼びかける。
「聞こえているなら、オレの名前を呼んでくれ!」
 無意識に大声で発していた。
「名前……」
 ルーラは勇哉のことを最後までキョロスケと呼んでいた。ルーラが別れを言う時自分だけ本名で呼ばれなかった。
「そうだよな……。最初、ルーラの声を悪魔の声とか言って……」
 今となってあの時、自分の名前を正直に言わなかったことを悔やんだ。
 その後悔の念が堪えきれなくなり、涙が溢れ、流れだした。
 その時だった――

『「勇哉」』

 どこからともなく自分の名前が呼ばれた。
 もしやと思い、期待を込めて声がした方を振り返ると、そこには志津香、琴葉、穂乃香、本宮が立ち並んでいた。
「な、なんで、ここにいるんだよ」
 涙を拭い、平静を装うとするが、
「なに今頃になって、感傷に浸っているのよ」
 志津香は遠慮なく突いてくる。
「それに、それはこっちの台詞。まぁ、そのなんて言うの。やっぱり気になってね……。昨日の事が、もしかして嘘のような気がして……」
 ここにいる全員が勇哉と同じ思いだったのだろう。
「どうやら僕たちも波長が合うようだね」
 その気持ちを本宮が代弁してくれる。
「琴葉ちゃんとも、さっき偶然そこで会ったの」
 穂乃香の隣にいた琴葉が、一歩勇哉に近づく。
「む、村上くん……。ルーラさんの声は……」
 その問いに勇哉は静かに首を横に振る。
「やっぱり聞こえなかった……」
「そう……」
 全員の表情が曇る。
「本当に、なんだろうね。ルーラさんとは会ったことが無いし、声を聞いただけなのに。声が聞こえなくなっただけで……」
 昨日の感情が沸き上がったのか、少しばかり涙声になる志津香。
「多分、かけがえのない出会いだったからじゃないのかな。一期一会って、ああいう事を言うのかも知れないね」
 本宮もまた勇哉みたいに平静を装っているが、泣きそうな顔をしていた。そんな本宮たちを見て、共感めいた事に勇哉は少し胸をなでおろすことができた。
「そうか……声が聞こえなくなって、悲しんでいるのはオレだけじゃないんだな……」
 自然とまた涙がこみ上げてくる。
「でも……いつの日か……ま、また聞こえるかも知れない。それまで、皆とで話しをして、それをいつか、ルーラさんに話したい」
 いつも下を向いていた琴葉が、顔を上げ気持ちよく晴れ渡った青空を見つめた。
「そうだな。聞こえなくなったかも知れないけど、きっと……二度と聞こえない訳じゃないよ。よし、楽しい思い出を作って、楽しい話でルーラを楽しませてやろうか」
(その日まで楽しみに待ってろよ。ルーラ)
 勇哉が空へと手をかざすと、琴葉たちも手をかざし、それぞれルーラに言葉を送った。
 これが習慣になるかも知れないが、これからは琴葉一人だけではない。
 そこには勇哉がいる。穂乃香も本宮も。そして、志津香も嫌な顔をしつつも参加しているだろう。
 ルーラの声が聞こえてくる、その日まで。


―――ハロー…ハロー……聞こえますか?
―――私達は、ココに居ます。
―――ルーラは、どこに居ますか?
―――ハロー…ハロー……。
―――もし…私達の声が聞こえたのなら。
―――“ソラノコトノハ”と呼びかけてください。


   終