銀髪のアルシェ(3)~優しき悪魔~
「…どうしてニバスが?」
「さっきね…私も助けてもらったの…リュミエルも助けてくれたの…」
キャトルが涙ぐんでいる。
「でもね…でも…浅野に会えないって泣いてたの…」
「!?…」
アルシェはやっと気付いた。自分は完全な天使になっている。まだ天使になりたてのキャトルやリュミエルくらいなら力は弱い。
だが上級とはいえなくともアルシェほどの力があると、下級悪魔でしかないニバスは消滅する可能性がある。
ニバスはそれを恐れているのだ。
「ニバス!!」
アルシェが天井を見渡して声を上げた。ニバスは魔界から交信してきているのだ。
「ニバス!ここまで来い!」
しんとしている。キャトルも天井を見た。
「ニバス!来て!」
『だって…怖いもん…。…俊介は…もう俊介じゃないんだもん…』
「ニバス…」
アルシェは浅野に姿を変えた。
「ニバス…今の力はどうやったんだ?」
『侯爵様からもらったの…』
「もらったって…ただじゃないだろう?」
『…俊介のネックレス…あげたの…』
「!?…」
「ニバスっ!うそっ!あれ宝物だって…」
キャトルが思わず泣きながら言った。
『…でも…リュミエルは俊介の仲間だもん…』
「ニバス…」
『僕も俊介の仲間になりたいけど…悪魔だもん…』
浅野の目にも涙が溢れた。
「…ごめんよ…ニバス…。」
「ねぇ…浅野…なんとかしてあげられないの?」
「…こればっかりは…」
「大天使様に頼めない?」
「いくら大天使様だって、堕天使だったリュミエルとは違って、悪魔には何もできないんだ。」
「…そんな…」
キャトルがうなだれた。黙って話を聞いていた圭一が口を開いた。
「でも、リュミエルの命を救ってくれた恩人です。…キャトル…」
キャトルが圭一に向いた。
「何?パパ」
「お前とニバスは会っても大丈夫なんだよね。」
「うん…」
「浅野さん…ネックレスの代わりになるもので…せめて何か、ニバスにあげられるものないですか?」
「!…そうだ、そう言えば…」
浅野が机の引き出しを開け、小さな赤いビロードの箱を取り出した。
「すっかり忘れてたよ。今度ニバスに会えたら、これをあげようと思ってたんだ。」
浅野は駆け寄ったキャトルに向けて、ビロードの箱を開いた。
小さな道化師の形をしたシルバーブローチだった。
「…前にニバスに助けてもらった後に、作ってもらっていたんだ。…その後、生体を失ったりいろいろあったから、すっかりしまいこんだままだった…」
「これニバスに渡しに行く!!」
「ん。頼む。」
浅野が微笑んだ。そして天井に向いた。
「ニバス!今からキャトルにお前へのプレゼント持って行ってもらうから!…受け取ってくれるかい?」
しばらくしんとしていたが…
『…ありがとう、俊介…!』
ニバスの涙声が返ってきた。
……
ニバスとキャトルは、浅野のマンションの屋上にいた。
キャトルはニバスの手に、開いたビロードの箱を乗せた。
「ねぇ…その目のスカーフ取ろうよ。…見えないでしょう?」
ニバスはためらっていた。
「…だって…僕の目…汚れてるもの…僕…嘘つきなんだもん…」
ニバスは人を楽しませるのが上手な道化師なのだが、生まれつきペテン師の性質を持ち、自分でつく嘘をごまかすために自分の目をスカーフで覆っているのだ。
「嘘つきでも、心は汚れてないじゃない。きっと目も綺麗だよ。ねっ。」
キャトルはそう言うと、ニバスの頭の後ろに手を回してスカーフの結び目をほどき始めた。
「あっだめだって…」
ニバスはそう言ってキャトルの手を抑えようとしたが、もう取り払われてしまった。
「!!ニバスってかっこいい!!」
キャトルが思わず言った。ニバスの目は大きく、そしてサファイアのように青く光っていた。
ニバスは思わず、空いた片手で目を塞いだ。
「目を隠してどうするのっ!浅野からのプレゼント見ないの?」
ニバスはそっと手を下ろした。そしてそのサファイア色の瞳で、開いたビロードの箱の中を見た。
「僕だっ!」
ニバスが嬉しそうにブローチを手に取って言った。
「僕が…キラキラ光ってる!!」
ニバスは、月の光にかざすようにしてブローチを上に上げた。
キャトルもそのブローチを一緒に見上げて言った。
「綺麗ねー…でも、ニバスの目の方が綺麗だよ!」
「ほんと?」
ニバスがキャトルに不安そうに言った。
「うん!とっても綺麗。」
ニバスは照れ臭そうにして、ブローチをもう1度見た。キャトルが言った。
「ブローチつけてあげようか?」
「ううん。箱の中に入れておく。」
「どうして?」
「僕だけが見られるようにするんだ。見せびらかすとネックレスのように取られちゃう…」
「そうか…そうね!」
ニバスはブローチを箱の中にそっと入れて蓋を閉じた。そして胸元に隠した。
「俊介にありがとう…って伝えて。」
「うん!」
「もう会えないのは寂しいけど…お話だけでもして欲しいって。」
「…うん…!」
キャトルは思わず溢れ出た涙を指で拭った。
「ありがと、キャトル。」
「お礼を言うのは私だよ。私とリュミエルを助けてくれてありがとう。」
「…うん…」
「ニバスも…浅野の仲間だからね。」
「!!」
ニバスは慌てるようにして、キャトルの手にあったスカーフを取りあげて目を覆い後ろで結んだ。
涙を見られたくないのだろう。
「じゃ、ばいばい…キャトル。」
「ばいばい!ニバス!」
月に向かって飛びあがったニバスに、キャトルが手を振った。ニバスもキャトルを見下ろして手を振ると、月に向かって飛んで行った。
ニバスが小さくなっていく。
キャトルは見えなくなるまで、ニバスに手を振り続けていた。
(終)
作品名:銀髪のアルシェ(3)~優しき悪魔~ 作家名:ラベンダー