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コミュニティ・短編家

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「なんか紫陽花って科学的だよね」

新嶋さんがいかめしい顔付きで呟いた。
それは私たちがちょうど3回目のデートに繰り出し、突然のにわか雨におそわれたお昼近くの出来事だった。
私たちは「まぁちょっと濡れるくらいいいよね」と言いあい濡れるにまかせそのまんまぶらぶら歩いていたのだ。
そしてその道すがら紫陽花を発見したという。

「新嶋さんから見たら世の中全部科学的なんじゃないですか?」

私は新嶋さんの端正で無駄に憂いでいる顔をのぞきこんだ。
新嶋さんはとても面白い。
茶化しがいのあるよい男だ。
と、いうと新嶋さんを知る大抵の人々が驚く。
そして「あんなつまらない男は他にはそうそういないよ。」と言うのだ。
それから決まって「ま、顔はいいけどさ。」と付け足す。
つまり周りからすると私はメンクイのダメ女ということなのである。
こんなよい女もそうそういないのに、と私は口を尖らせる。

「そんなことはない」

新嶋さんが反抗した。
あぁ、愉快。

「いつも理詰めのりっちゃんですよ。」

「なんだそれは。ただ僕は、物事が発生し現に存在している状態の根本的原因を…」

「つまり探求心が豊かなんですよね。ヨシヨシ。」

「…都さんは時々僕を馬鹿にしている気がする…。」

新嶋さんが馬鹿真面目に憂いを増大させた。
彼は頭もよく顔もよくついでに背も高いというかなりの好男子なのにとことん無器用な男だった。つまり、世の中を上手く生きにくいタイプの人間だった。
…一方の私はおばかで中肉中背その上考えなし、だが妙に要領がいい、というタイプ。
…だからもう、私には新嶋さんが天使のように見えるのだ。
赤ん坊のふりして誰かを頼る事も出来ない、それでいて赤ん坊そのもののような純粋さをもつ彼を私は羨望している。

「紫陽花の葉は毒なんだ。つまり、胃液に反応する青酸配糖体が悪さする。」

新嶋さんがいつもの通りいつもの如く私に理解できる言葉で事実を述べた。

「へー。アルカリとかそういう色の変化の話するかと思った。」

「都さんは紫陽花みたいだよね。」

新嶋さんが悪びれもせずさらっと言い放った。
毒云々の話をした後でその台詞を吐くたぁいい度胸である。

私は、ん?それ馬鹿にしてません?と肘鉄をした。

そうそう。
可愛い私にゃ毒があるのだ。

「そういえばさ」

私は突然友人に聞いた噂話を思い出した。
新嶋さんはこういった種類の話にほとほと縁がない(周りが話してくれない、話されても新嶋さんが興味がない)人なので私が聞かせてやることにしている。
新嶋さんはやれやれと耳を傾けた。

私は自慢げにふふんと鼻をならしながら聞いてみた。

「紫陽花男、って…知ってる?まぁ新嶋さんならまず知らないよね!」

紫陽花男とは都市伝説の一種の様なもので、雨の日の夜に紫陽花の前に現れてはそこらへんにいた人を傘でくし刺しにしてしまうという男である。
なんとも旗迷惑なやつなのだ。

…ところが、新嶋さんは私がまったく想像していなかった返事をした。

「知ってる」

「…え。嘘。」

新嶋さんはいつも通りの無表情だ。
私は彼に噂ばなしをするつわものが自分以外にいたことに軽い驚きを覚えた。

「誰に聞いたの?吉川君?あ、もっちゃんか。それか意外と駆君とか?」

「昔」

新嶋さんには有り得ない話し方を始めた。
「昔」、なんて彼らしくない。
彼が昔のはなしをするときには絶対に年代か年号を口にする。
どうしちゃったの、と私はにやにや笑う。

新嶋さんは無表情だ。

「昔、ある男がいた。彼は毎日が苦痛だった。彼は頭がよすぎた。そこらにいる学者なんかよりも数段頭がよかった。けれど彼にはある能力が欠落していた。彼は極度の人間不信だったのだ。彼は苦しかった。折角世紀の発見をしてもそれを教えるひとがいない。共に喜んでくれるひとがいない。それはつまり何も発明していないのと同じだ。彼は世界が自分を迫害しているような気持ちがしていた。来る日も来る日も家に閉じ籠り、誰に話すあてもない発明を繰り返す日々だった。彼は人と会わなくなり、そのせいで益々人間が苦手になっていった。…そんなある日、彼は偶然一人の少女に出会った。」


…新嶋さんは無表情だ。


「少女は美しかった。美しく、愚かな娘だった。彼は15も下のその娘を愛した。娘は彼の話を聞いてくれた。娘の瞳に映る彼は知識の宝庫だったのだ。彼は愚かな娘が理解できる言葉で出来るかぎりのことを話した。彼は幸せだった。それは彼にとっての奇跡だったのだ。しかし、ある時気の毒な不運が彼女を襲った。それは同時に、彼の人生の転換期ともなった。」

「少女の家は小料理屋を営んでいた。酷く小さな、粗末な店だった。客のほとんどがたいして金の無い酒好きの男たちだった。少女の家には父が無く、それもあって彼女は学校に行かず母の手伝いをしなくてはならなかった。そのため愚かに成らざるを得なかったのだ。…少女はある日、刺身の下にしく青葉をきらしていることに気付いた。彼女は何か代わりになるものはないかと表にでた。外は、小雨が降っていた。少女の目にはいった、それは、そう、紫陽花の葉であった。可哀想な少女は知らなかったのだ。紫陽花の葉に毒があることを。」

「その夜、男は泣きわめく少女の電話に呼ばれ慌てて店に駆けつけた。男は泣き続ける母娘をなんとかなだめ、話を聞いた。その夜、運悪く紫陽花の葉を最初に口にしたのは近所でも有名な荒くれ者の一人だった。紫陽花の葉に人を殺すほどの毒はなかったものの、そいつは何度も嘔吐しのたうった。母娘も客もまさか紫陽花の葉のせいでその様なことが起きたとは考えもしなかった。ただ、母娘の店で食べたあとそうなってしまったことは確かに思えた。客とその連れの男たちは報復を誓い帰って行ったという。警察にも訴えると言われたそうだ。男はしばらく呆然としていた。悪いのは誰だ?彼女かもしれない。しかしどうして少女にそんなことが知れたろう。警察に行かれては店が潰れることは目に見えていた。今でさえギリギリの状態だったのだ。…男は黙りこんだ。彼女を失うことは彼の世界の崩壊を意味した。…男はその日、彼女の家に泊まった。次の日の朝、男は姿を消していた。残された母娘は悲しみと恐怖でうちひしがれた。しかし、客たちは二度と店にやってこなかった。…なぜなら彼らは殺されていたからだ。」

「憎らしき紫陽花の前で、傘に突かれて。」




私はきゅっと口を結んでしまった新嶋さんを見つめた。

新嶋さんは無表情だ。
…これはジョークなのだろうか?
私には判別出来ない。
一歩間違えれば彼を傷付けてしまいそうで言葉が出ないのだ。


「…」

「少女、は、」

「うん」

「子どもを身篭った。」

「うん」

「それが僕の父。これは祖母に聞いた話だ。」

「…あぁ。」

「という、ホラ話だよ。」


私は新嶋さんをじっとみた。
私は彼より先には死ねないな、と思った。
漠然と。


作品名:コミュニティ・短編家 作家名:川口暁