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それいけ! カンカン便

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それいけ! カンカン便



「大丈夫かな、エミィ」
 秋緒はステージのほうを見てつぶやく。
 エミィはスタッフに引きずられるように運ばれ、ステージ裏へと引っ込んだ。マネージャーも努めているのか、山田太郎が最後にお詫びのコメントを残して同じくステージから姿を消す。ファンたちはみな一様にエミィの状態を心配していたが、「ただの風邪です」と答えていた。

「調子、悪かったんだな」
 一登はつぶやく。
 そのとき、未逆があらぬ方向を見ていることに気づいた。そしてその視線の先を追って、驚く。
「エー介兄さん」
「あ、本当だ。て、知り合いなんだ」
「秋緒ちゃんも? 別に驚かないけどさ」
 二人は顔を見合わせる。
 もう何度も未逆に思わせぶりなことを言われているからだろうか。それとも何か、潜在的な予感だろうか。この5人が顔見知りであることを、驚かなくなっていた。

 それは英介も同じなのだろう。三人を見つけて、さして驚くふうもなく、にやりと口の端を持ち上げて近づいてくる。未逆は反射的に隠れる場所を探し、秋緒の後ろへと引っ込んだ。
「へえ、珍しいメンツじゃん」
「兄さん、仕事は?」
 一登は英介の手元に視線をやる。右手に、何か袋を持っているようだった。この辺りに届け物だろうか、そう思い至ったとき、英介が口を開いた。
「エミィに呼ばれてさ。おまえこそ、ここでリンゴ売り?」
「おれもエミィに。って、やっぱエミィとも知り合いかあ」
「面白いわね、縁って」

 鳥の羽ばたきが聞こえた気がして、英介は空を仰いだ。
 案の定、黒い鳥が近づいてくる。
「カンカン!」

「みなさま! これは、お揃いで」
 カンカンは、4人の近くにあるベンチの背もたれに舞い降りる。そして恭しく頭を垂れた。

「挨拶はいいから、エミィはどうしたの?」
 秋緒がベンチに腰掛けた。
「はっ、実は、今朝から調子が悪そうでして……先ほど、タクシーに乗って、病院へと向かわれました」
「じゃ、だたの風邪なのね」ふっと息を漏らす。
「あ、あの。も、も、も、もしかして、ですけど。こたつで、寝てらしたのではないですか?」
「さすが未逆さま! その通りでございます」
「あー、わかる。その気持ちわかるけど、こたつはダメだな」
 近くの自動販売機でコーンポタージュを買った英介が、手を温めながら言った。
「うん、ちゃんと布団で寝ないと」一登が同意する。

「も、も、申し訳ございません。せっかく皆様に来ていただけましたのに、ワタクシの管理が行き届いておらず。無念!」
「うるさいぞ、カンカン。それより行かなくていいのかよ?」
「ワタクシは、何があってでしゃばるなと言われておりますゆえ……ここでお待ちしております」
「えー、そうなの? エミィ、心細いんじゃない?」
「あ、あの、私なんかがこんなこと言っちゃいけないかもしれませんけど、カンカンさん、行ったほうがいいと思います!」

 かつて幼い頃、エミィは風邪を引いたとき、カンカンを抱いて離さなかった。
「そばにいて」
 そう言ったきり、眠っている間も、カンカンが身じろぎして離れようとすれば、小さな手に力を込めていた。

 この世界には、この世界のルールがある。
 住み始めてから三ヶ月、エミィとカンカンは学び、山田太郎の助言もあって、あまり異世界のことを口にしなくなっていた。最初の頃に出会ったこの人たちだけだ、エミィとカンカンをありのまま受け入れてくれるのは。こんなふうに、行くことを薦めてくれたりはしない。少なくともスタッフたちはそうだ。カンカンを、見て見ぬふりをする。

「カンカン、行ってやれよ」
 英介が、空き缶を近くのゴミ箱に放り入れて手に持った袋を差し出す。
「なんですかな、これは」
「さっき集めたファンレター。料金はサービスだ」
「兄さん、いいとこあるじゃん」
「おれは、いいとこしかねえよ」

 ん、と差し出された袋の紐。
 カンカンは、黄色いくちばしを差し出した。
 バランスを考えてくわえこむ。

 このまま飛べば、風が咽喉に吹き込んでくるだろう。
 けれども、飛ぼう。
 本当は、すぐにでも駆けつけたかったのだから。

「あ、待って。私も」
 秋緒は用意していた手紙を封筒から出し、カンカンの足に結わえた。
「おれも」
 一登はキャンディを袋の中へ。
「わ、わたしも!」
 未逆は慌てて、近くの葉を拾い上げた。この季節にそぐわない、新緑の瑞々しさをたたえている。
「げ、おれ、ファンレター集荷したからいいよな?」
 英介が頭をかく。

 そうしてカンカンは、何か言いたげにしばらく4人を見上げていたが、口を動かせないからだろう、恭しくお辞儀をして、空へと羽ばたいて行ったのだった。

「重そうね」
「重そうです……」
「1キロ、あったかもな~」
「落ちないかな」

「……おれ、追いかけてくる」
 英介はバイクのほうへと走り去る。

 その背中を見送りながら、未逆は「大丈夫です、届きます」と確信に満ちた口調で述べた。


 低い空の下、地上の星が輝いている。
 今夜は、クリスマス。
 エミィにも、すてきな贈り物が届きますように。


<了>
作品名:それいけ! カンカン便 作家名:damo