彼と私いじめ
だから要は、女なんてロクデモナイってことなんです。
そう言うと壁谷くんは、はあ、と間抜けな返事をした。ほんとにわかってんのか。
「つまりですね、たとえば、ギャルゲー? ああいう女いないですから。皆無。いたらいたでそういうの狙ってるだけだし。それに限らず、みんなツンデレとか天然とかうまいこと作ってるんです。こういうこと言うとそんなこと知ってるっつの! ってよく言われますけど絶対わかってないですから。だからこう、ね、ありのままの方がいいと思いません?」
「ありのままってのは、食欲のままにダブルチーズバーガーを三つ食べるような、」
にらみつけると壁谷くんは黙った。
「でも、ちょっとくらいは可愛いところあるんじゃないですか」
「そういうのを最初から女に期待するのが間違ってるんです」
三つ目を口に押し込んでから言った。
「女なんてちょっとばかし胸のあたりに脂肪がついてるだけの、文句ばっかいう、好きって言って☆とかいう、メール返さないと文句いう、食い物飲み物の金は男が払うもんだといわないけど思ってる、そういう生き物なんですよ」
「そうかもしれないですね」
寝てるハムスターのようなのんきさと、両手でココアを飲む乙女っぷりにいら立ち、その鼻先を指差した。
「そうやってのほほほほほーんとしてる男ばっかりだから最近の女がつけあがるんです。だまされるんです。金をむしりとられるんです。もうちょっとしゃんとして、どっかり構えてないと駄目ですよ」
「いやあ、はっはっは」
壁谷くんはどう見たってモテる顔をしてない。背だって私とどっこいどっこいだし、服装も中途半端だ。もうちょっと将来に対して焦燥感にかられてもいいんじゃないだろうか。
「あ、そろそろ授業ですね」
授業の後、本屋に寄った。新刊の発売日。表紙は細面で長身、いわゆる二枚目の主人公の絵だ。最近は漫画にとどまらずハードカバーの小説までこんなのばっかりで出版社も媚びまくりだねえなんて思いながら買う私はオタクなのか。オタク王国日本。あとロリコン王国なんだっけ? 嘆かわしいにもほどがあるだろうが。
漫画やアニメや小説やドラマや、そんなのに出てくる人間はまずいない。いるかもしれないけど宇宙人にあうくらいの確率でしかであえない。私の思い描く人はべったべたではあるけれど、やっぱり背が高くてかっこよくて優しいけど芯の強いそんな感じ。例外がいるとすれば矢吹ジョーだけどいるわけないし迎えになんてもっとこない。真っ白になってるし。力石も大好きだけど死んでるし。良男薄命。
男は皆美人が好き。美人じゃなければ可愛い子が好き。可愛くなければ女の子らしい子が好き。女の子らしい子じゃなければおもしろい子が好き。おもしろい子でもなけりゃ頭のいい子。
どれもあてはまらなきゃどうすりゃいいのさ。
「ちなみに、並木さんに男はどう見えているんですか?」
「自己理解者か勘違いか卑屈かの三種類いて、全部自尊心をくすぐられるのが大好き。根本的には性欲で動く生き物」
「またズバーっと言いますね」
困ったように笑った壁谷くんは絶対卑屈。
「大体、見てればわかるんです」
「へえ」
私の人生、可愛い女の子のひきたてばっかりだ。それが嫌で自然と可愛い女の子とは遊ばなくなって、気付いたらみーんな微妙な顔の友達だ。話も合うし性格も良いし、頭も良い子ばっかりだからいいけど。いいけどさ。なんて思う心の狭い女。
そんなのだって恋はした。初めて男の子を好きになったのは小学四年生。まったくもってかっこいい男の子じゃなかった。手当たり次第に可愛い女の子に告白してはフラれて、皆に笑われてるような。
あいつが好きなんだ、って友達に言ったら、えー趣味悪いねってみんなの顔がいっていた。同じ中学に行ったけれど、卒業するまでに話した回数は十回もなかった。修学旅行で同じ班になれますように、って寝る前何度も願ったけど、駄目だった。
好きになった理由なんて、今じゃ大笑いできるほど単純だ。だから絶対言わない。
「まず頭のいい人は、自分がどれくらいの女の子と付き合えるか理解してるんです」
高校に入って好きな人ができた。頭のいい、部活の先輩だった。
「で、女の子は頭のいい人――あ、勉強だけじゃ駄目ですよ。会話のできる人、好きですから、多少顔がよくなくてもモテるんですそういう人。いわば勝ち組」
結果私には手の届かない人だった。二回告白して二回とも優しく断られた。 泣いても無駄だった。当時の純粋な私は心底泣いた。
しばらくして先輩は、綺麗な同級生とつきあったらしい。
「で、勘違いはかっこいい風の人が多いですね。なまじっか顔がよかったりするからモテると勘違いして配慮できない人。適当に美人で頭の弱い女とつきあってるのが大半です。いわゆる俺様? これにふりまわされると悲惨の一途ですよ」
これは私に似てない兄貴の話。つれてきた彼女は全員可愛くて頭が弱い。まあ、大学中退して将来性のないバカな男と付き合うんだから当たり前とも言えるけれど。もしくは恋愛を楽しめる時点である意味利口か。
「最後が卑屈っていうか、自信のないタイプです。女の子と付き合いたいけどどうすればいいのかわからなくて迷走しちゃったり的外れなことしちゃったり、もしくは最初から諦めて静観してる。ぱっと見からして頼りない感じの人です。身近で優しくしてくれる女の子とかすぐ好きになっちゃったりします」
とかもっともらしく分析の真似事をしても現実はどれにもモテない。よって未だに彼氏なんているわけもない。理想を追いかけりゃキリがないし、ネットやらを回ればお手軽に胸はキュンとする。媒体はなんでもいい。刺激、刺激、刺激をちょうだい。
「で、基本概念は『可愛い子とヤりたい』。もしくは『いいとこ見せて惚れさせてやる』。最近多いのはロマンチック思考」
「なるほど」
うなずきながら、壁谷くんはコーンスープを両手で飲んでいる。
「あながち間違ってはないですね」
「よかったです」
絶望的とも言えるけれど。
「でも例外はつきものですから、そんなに悲観しないでもいいと思いますよ」
「例外。壁谷くんとか?」
「いやあ、僕こそ見たとおりです」
無意識にうなずいていた。
家に帰ると、珍しくリビングでお父さんとお母さんと兄貴が顔を突き合わせていた。どうしたの、ときくと、別になんでもないよと言われた。
嫌な予感ビシバシ。
「最高にバカ」
「へ」
「うちの兄貴が」
「……どうしたんですか?」
「子供つくって」
壁谷くんは目をぱちくりさせた。
「ええと、おとうさん、に?」
「なるわけないじゃないですか。フリーターですよ。本人はその気があったらしいですけど、彼女が嫌だって言ったらしくて」
バカ女もそこまでバカじゃないわけだ。結婚と恋愛は別物だということは、女の方がようく知っている。反対に普段楽天すぎる兄貴は、気付かれないようにしていたが、ずっと部屋で泣いていた。
泣くぐらいならコンドームつけろっての!