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Search Me! ~Early days~

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01 謎/襲来








極東に位置する島国がこの場所を中心と定めて数百年の時が過ぎた。現在もその場所は国の中心として機能し、世界的にも重要な意味を持つ都市として認知されている、多分。その首都を走る幹線道路に交差する通りの両側は丁寧に舗装された歩道が伸び、それに沿った形で多くの建物が立ち並ぶ。この近辺の傾向としては巨大な高層ビルや複合施設は少なめで、オフィス街といった雰囲気よりも人の普段の生活に近い街並みだ。それは、周辺に大学などの教育施設があることも要因だろう。

―ザワ………ザワ………

その通りに面して建つ建物がある。家と言うには質実剛健で、ビルと言うには温かみのある雰囲気を持つ建物の1階には、最近雑誌で取り上げられることも多くなった話題のパティスリーが店を構える。そのドアのすぐ隣にある、もう一つの入口からは階段が伸び、上へとつながっていた。

その、2階を占める部屋。

「ああ、ハイ!えー、その件に関しましてはー……、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「………。」

―パラ…

乱雑に散らかったデスクをかき分けながら電話する人物の、焦りを取り繕うような声を聞き流しながら、気だるそうにソファに沈む男は手許の新聞をめくった。その、おおよそ感情を読み取れない表情に人間味は薄い。鋭く整った容姿は他者の審美眼を刺激するだろうが、いかんせん感情が滲まないせいか、得体のしれない印象を与える。

「ハイハイどーも!じゃ、今から伺いますよー…っと!」

―ピッ

明るく軽い声は約束を取り付けると早々に携帯を切る。そして散らかった自分のデスクからブリーフケースを引っ張り出しながら、殆ど揺らぐことのないソファの気配に声をかけた。

「ちょいと京介、随分暇そうにしてんな。」
「暇だから。」
「あそ。ま、いいや。俺さぁ、これから依頼人んとこ定期報告行ってくっから、留守番しといてくれ。秀平も夕方まで帰らんっつってたし。」
「……ああ。」
「…言っとくがよ、留守番と居留守は全然違うからな?」
「知ってる。」
「なら、電話とか来たらちゃんと対応しとけな。前みてえなクレームは御免だぜ。」

明るい茶髪の男は大仰な仕草で肩を竦めた。だがソファに根を張った、腰まで届く硬い黒髪を無造作に結んだ男は振り返ることもしない。まあ、いつものことだが。

「……気を付ける。」
「いや、やれってよ。っと、もう時間じゃん!ほんじゃ頼んだっぜー。」

―バタンッ

男はジャケットとブリーフケースを掴むと、返事も聞かずに飛び出していく。ドアにかかったプレートが閉めた衝撃でカタカタと音をたてた。

“各種ご依頼、承ります
私立探偵事務所『トライデント・リサーチ』”

そんな文句が、揺れるアルミ製のプレートにゴシック体で印字されていた。

―……パラ……

訪れた貴重な静寂の中、新聞をめくる音だけが響く。情報技術が革命的に発展して久しい、今、デジタル媒体によってありとあらゆる情報が何時でも何処でも手に入るようになった。その反面、新聞などのアナログ媒体はすたれるようになってしまったが、男はどちらかというと、この昔堅気の無口な字面が嫌いではなかった。

筧京介(かけい きょうすけ)。実は20代のこの男はトライデント・リサーチに所属する探偵の一人である。

―パラ……

「……。」

めくる動きも、紙面を行き来する視線の動きも緩慢だ。だが、次のページへと移るまでの間隔はそれに見合わず速い。当の本人にとってはいつものこと。そんな日常を包み込む静寂は、いつまでも続きそうだと感じさせる。

―プルルルルルルッ

それを破る、無機質だが耳障りなコール音。無視を決め込もうと再び新聞に視線を戻す。放っておけばそのうち止むだろうと、先程の同僚の言葉を履行しようとしない思考で。

―プルルルルルルッ プルルルルルルッ

「……。」

だが一向に止む気配はなく、自分勝手に鳴り続ける。どちらが先に折れるか根競べが始まろうと

―ガチャッ

始まる前に、京介の煩わしさが勝り、終わる。受話器を持ちあげつつ、京介はいつまでたっても言い慣れることはないであろう決まり文句を喉まで押し上げた。

「…はい、私立探偵事務所、トライデント・リサー…」
『人を雇ってもらいたい。』
「…は?」

一瞬、何を言われたのか理解できず応対マニュアルが意識から吹き飛ぶ。電話の声は僅かな沈黙の後、再び言った。

『人を雇ってもらいたい。』

硬く、淡々とした、だが高圧的な男の声。深さはあるが張りに欠け、微かに掠れる声は初老以上の年齢の男の声に聞こえる。頭の隅でそんな推測を立てながら、京介は口を開いた。

「…此方は探偵事務所です。派遣会社では」
『知っている。人を雇ってもらいたい。』
「…。」

話が咬み合わない。勘違いに気がついていないのか、はたまたいたずらか。一番性質が悪いのは、これが本気だった場合だ。

『人を雇ってもらいたい、そちらの探偵事務所に。報酬は約束する。』
「…何故。」
『理由は依頼が完遂されたと判断した時に話そう。』
「それでは受けられな」
『こちらも時間がない。』

ただ、ひたすらに高圧的だった声に、ここで初めて微かな感情が混じる。ほんの僅かだが、重さを秘めた焦りの声が依頼者の真剣さを伝えて来た。

「…」
『前金は、既に届けてある。引き受けてほしい。』

その言葉に京介は一瞬眉をひそめた。前金は、確実な契約が成った時に支払われるものであり少なくとも引き受けるかどうかわからない相手に払うものではない。事実かどうかは確認する必要があるが、嘘をつくならもっとマシなことを言うだろう。

『……引き受けてくれるな。』

内心、深く溜息を吐く。それでは、最初からこちらに選択権はないのと同じだ。

「……わかった。」
『………ありがとう。』

溜息とともに承諾すると、意外なほど安堵した声が聞こえた。どうやら想像以上に切羽詰まっていたらしいが、その理由を依頼内容から推測することは不可能だ。

「それで、雇う人間は」
『雇ってほしい、と言ってくる筈だ。その人物をやとってくれればいい。』

流石にそれはないだろう。

「…名前と特徴は」
『それは言えない。ただ、アルバイトをしたいという筈だ。』
「……。」

それだけで相手が判ったらどんな超能力者だ、と内心で舌打ちをする。だが、求人案内を出したこともないここに、ツテも無く来る人間もそういないか、と思い直す。そういう意味で言っているなら、こちらの情報について全く知らずに依頼してきたわけでないことが考えられる。

『期間は1週間以上1カ月以内になるだろう。1日ごとに10万ずつ払う。』
「10…?」
『依頼内容は当人に伏せること。そして、生命の危険に晒さないこと。この2つを必ず守ってもらいたい。』
「…………他には?」
『アルバイトとして雇った人間として、正当に扱ってもらいたい。』
作品名:Search Me! ~Early days~ 作家名:jing