シャドービハインド
終章-夜明け-朝
夜が明けた。
窓から差し込む日差しを瞼に感じ、純は爽やかな朝を迎えた。
何事もなく進んでいく日常。
あれから、まだ1週間しか経っていない。
戒十とはあの日以来、会っていない。
最後に会ったのは、完成したワクチンを届けに来た日だった。それによって純は救われた。
そして、戻ってきた日常。
心に穴が開いてしまった日常。
あのままキャットピープルになっていれば、ずっと戒十といられたかもしれない。けど、それを戒十は望んでいない。だから純は人間として精一杯生きることにした。
ぼーっとしながら純は学校の仕度をしようとして、ふと気づいた。
そうだ、今日から夏休みだった。
窓の外を眺めると、とても爽やかで好い天気。
外の空気が吸いたくなった純は、すぐに服を着替えて出かけることにした。
マンションの外に出た純は思わず笑ってしまった。
真夏なのに真っ黒なコートを着て、サングラスを掛けた長身の男性が立っていた。
純はその男に笑いながら声をかける。
「まるで変質者みたいですよ」
「久しぶりだな、純」
そこにいたのはシンだった。
シンは戒十がワクチンを届けに来たときも姿を見せなかった。
そのことを尋ねると、シンは集中治療室に入っていたとのだと答えた。そういえば、シンには片腕がなかった。重症を負ったのだと純は思った。
二人は歩きながらいろいろと話をした。
最後に戒十に会ったとき、戒十はワクチンだけを渡して姿を消してしまった。
純は訊きたいことがたくさんあった。それを訊く権利も純はあるはずだ。
そして、純は大よその話をシンから聞いた。
その話にクイーンという単語は一切出てこなかった。
ただ、もうすべて片付いた。それだけははっきりと断言した。
純がリサはどうしたのかと尋ねると、急にシンは黙ってしまった。
シンは純にこう話した。
「カオルコに止めを刺したリサは、カオルコと共に屋上から落ちた。その後、地上で心臓に刀を刺したカオルコの屍体が見つかったのだが……リサの姿はどこにもなかった」
それ以来、リサの姿は見た者はいない――と。
純はシンがすべてを話していないことはわかっていた。けれど、そこまで詳しく知りたいわけでもなかった。
最後に純はこう尋ねた。
「戒十くんは元気ですか?」
シンはにっこり笑って答えた。
それだけ純は十分だった。それが聞ければ満足だった。
そして、シンは純に短く別れを告げて消えた。
本当に風のように消えてしまった。
純は爽やかな陽を浴びながら、嬉しくて顔が緩んでしまった。
にこにこしながら、家に帰ろうと歩き出したとき、ふと視線を感じて振り返った。
誰もいなかった。
不思議な顔をして純は、しばらくそこに立ち尽くしていたが、急に笑顔になって歩き出した。
純の夜は明けたのだ。
(完)
作品名:シャドービハインド 作家名:秋月あきら(秋月瑛)